第10話


 イヤホンから聞こえてくる音声。じっと画面を見つめながら、何かを吸収できないかと考える。


 普段学校の昼休み時間は撫子とご飯を食べているところだが、あの子は今日も撮影のため欠席している。


 母親特製のお弁当を1人で平らげてから、動画配信サイトで色々な映像を見ていた。

 

 内容はさまざまで、普段は絶対に見ない内容の動画も満遍なく目を通す。


 生配信の人もいれば、撮影したものを編集して一本の動画にする人と、動画の配信スタイルから様々なのだ。


 ゲームの実況や、ペット動画。

 あるあるネタを披露する配信者など、動画の種類だけ個性がある。


 「どうするか……」


 1人で悶々と考えても、当然良いアイデアはちっとも浮かんでこない。

 気分転換も兼ねて、外の空気を吸いに自動販売機コーナーへ。


 「これにしよ」


 炭酸飲料を選択して、取り出してからすぐにプルタブを開ける。


 しゅわしゅわの炭酸飲料を流し込んでいれば、トントンと肩を叩かれる。


 「どうも」

 「眞原さん!」


 テレビでいつも見ていた天才女優が、同じ制服を着て目の前にいる。


 本当に人生は何があるか分からないものだと、不思議な気分で目の前の美少女を見つめていた。


 「眞原さんだ……」

 「隣の子誰?」


 ジロジロと見られていることに気づいて、少しだけ居心地が悪い。


 そりゃあそうだ。

 あの眞原叶が無名のアイドル練習生に声を掛けているのだから、どう言う関係かと気になって当然だ。


 「何飲んでるんですか」

 「ジュース。飲む?」


 缶を渡せば、両手で受け取った後一口飲み込んでいた。

 好みの味だったのか、嬉しそうに笑みを浮かべている。


 「間接キスじゃないですか」

 「何言ってるの」

 「照れても良いんですよ?」


 年上を揶揄うんじゃないと、軽く小突いてやる。舐めているというよりも、夢実の反応を見て楽しんでいるのかもしれない。

 

 「あれから考えた?」

 「もちろん。やっぱり私たちは現役女子高生をウリにするのが一番伸びると思うんですよね」

 「けど、それだと卒業したらやっていけなくない?」

 「とりあえず登録者を10万人突破するのが目標ですよね?それに卒業さえしてしまえば一旦目標はクリアです」


 自動販売機のそばにあるベンチに2人並んで腰掛ける。

 天才というのは頭の回転も良いらしく、冷静に分析しているようだった。


 「さすがだね」」

 「そうですか?あ、芸能界の裏側暴露とかします?」

 「そんなの眞原さんの将来に関わるでしょ?絶対ダメ」

 「じゃあ夢実さんも案出してくださいよ」


 自分は案を出さないくせに、人の意見に口を出してばかりでいるのだ。

 指摘されて頭を悩ませるが、そう簡単に良い案なんて思い浮かばない。


 「夢実……?」


 戸惑ったような声で名前を呼ばれて、声がした方へ視線をやる。

 そこにいたのは、夢実の長年の友人である桃山撫子だった。


 鞄を持っていて、仕事が終わってそのまま登校して来たのだろう。

 彼女の視線は夢実ではなくて、隣にいる叶へ注がれている。


 じっと2人の視線が交わった後、先に言葉を発したのは叶のほうだ。


 「……私、もう行きますね。放課後空いてます?」

 「空いてるけど……」

 「迎えに行くので待っててください」


 コクリと頷いたのを確認してから、叶が1人でその場から去っていく。

 空いた席に撫子が座るが、拗ねたように頬を膨らませていた。


 「どういうこと?」

 「えっと、なにが?」

 「なんで眞原叶と仲良いの」

 「あー……」


 今まで撫子に隠し事をしたことはなかった。

 嬉しいことや、辛かったことはいつも共有し合って、お互い支え合ってきたのだ。


 しかし、動画配信者として活動していくことを決めた日。


 二人で約束をしたことを思い出す。


 『情報が漏れないように、デビューするまで二人で動画配信者をすることは内緒にしましょうね』


 意外性はもちろん、話題性やインパクトも欠けてしまうから、事前に報告はせずに動画をアップロードすることにしたのだ。


 隠し事をする罪悪感に胸を痛めながら、何とも言えない嘘をつく。


 「お弁当をあげたら懐かれたって感じ…?」

 「なにそれ」


 納得がいってない様子で、撫子は眉間に皺を寄せていた。

 気まずいけれど、ここで折れるわけにもいかない。


 手にしていた缶をギュッと両手で包み込みながら、何とか話を変えようと必死に考えた。


 「けど撫子も偉いよね。芸能活動は欠席扱いにならないのに」

 「夢実と話したかったから頑張って早く終わらせたの」

 「偉いなって、そういうところ尊敬する」


 優しく頭を撫でてあげれば、撫子は嬉しそうに頬を緩ませていた。


 本当にこの子は分かりやすくて、そういうところが可愛いと思う。


 「眞原叶と私、どっちが大事?」

 「そんなの決まってるじゃん」

 「私?」


 頷いて見せれば、嬉しそうにニコニコと笑みを浮かべている。


 「だったら良いや」


 普段はクールなのに、時々甘えてくる様はまるでネコみたいだ。

 

 こういったところが、色んな人を魅了するのだろう。


 「今度ね、撫子に渡したいものがある」

 「なになに?」

 「それは渡してからのお楽しみ」


 隠し事をするように小声で言葉を返せば、無邪気に撫子がはしゃでいる。

 そんな2人の様子を、遠くからジッと見つめている小柄な女の子の存在に、夢実が気づくことはなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る