第9話


 液晶画面越しに眺めていた、一つ年下の美少女が家にいる状況。

 国内で知らない人はいないのではないかと思うくらい、有名な元人気女優が夢実の部屋にいるのだから、人生何があるか分からない。


 あれから二人で動画配信者として活動していくことが決まったのは良いものの、どうして我が家に眞原叶が来ているのだろう。


 戸惑いながら、温かいお茶とお煎餅を彼女の前に置く。


 「ありがとうございます」

 「動画配信って、どういう感じでやっていくか決まってるの?」

 「年も近いから仲の良い女子高生同士って設定はどうでしょう」

 「悪くないけど…ありふれてるとは思うよ。インパクトは掛けるんじゃないかな」


 意見を否定しても、ふてくされるのではなく納得したように頷いている。

 元人気女優だというのに、ちっともお高く纏っておらず、寧ろ謙虚なのだ。


 「そうですね……私の知名度と夢実さんの可愛さを持っても、内容がつまらなければいずれ飽きられます」

 「可愛いって……」

 「可愛いじゃないですか、夢実さん」


 そう言っている張本人の方が、よほど可愛い顔をしている。


 いつも撫子と一緒にいたが、容姿を褒められるのはあの子の方だった。

 目を引く美人なため、面と向かって褒められるのは撫子ばかりだったのだ。


 こんな風に正面からぶつけられることは慣れていない。


 「じゃあ、グループ名と内容は一から考えましょう。話を聞いたところ、3ヶ月の猶予が学校からは与えられるみたいです」


 事務所を退所して、すぐに芸能科から立ち去れというのは酷だと学校側からの配慮らしい。


 芸能科に所属するくらい実力はあるのだから、自分でどうにかしてみろ、という意味も込められているのかもしれない。


 「ただ、もしダメだったら場合。そうなると3ヶ月分の学費を来季分の学費に上乗せして支払うことになるそうですよ」

 「なるほど…つまり、3ヶ月の間にフォロワーを10万人突破すれば芸能科に居続けられて、学費も払わなくて済む?」

 「そういうことですね」


 長いようで短い期間だ。

 人気芸能人ですら、いざ動画配信をやってみると登録者が全く増えないなんてよくある話。


 「……早く決めないとね」


 おちおちしていられないと、やる気を入れ直す。せっかく訪れたチャンスなのだから、絶対に無駄には出来ない。


 まずは動画の方針を決めることになったが、突然良いアイデアが浮かんでくるはずもなく、この日は2人でお煎餅を頬張って解散となった。




 

 地元のショッピングモールは広く、色々とお店を見て回るが、一向に決まらない。


 長く時間を共にしたため、趣味や好みは知っているが、いざ何か一つを選ぶとなると目移りしてしまうのだ。


 「何にしよう……」


 小学生の頃からともにレッスンを受けた、いわば戦友のデビュー祝い。


 本当は一緒にデビューしたかったけれど、願いが叶わぬ今、全力で彼女の背中を押してあげたいのだ。


 可愛らしい雑貨屋に入ってから、何をあげようかと頭を悩ませる。

 

 「イヤリング?でも好みあるだろうし……コスメもなあ」


 撫子は優しいから、きっと夢実が何をあげても喜ぶのだろう。嬉しそうに顔を綻ばせる姿が目に浮かんで、だからこそ悩んでしまうのだ。


 「……あ、これ」


 以前二人で訪れた時、撫子が可愛いと言っていたブレスレット。 


 ゴールドピンクと、シルバーの2色展開で、小花模様のストーンが散りばめられている。


 「…そうだった」


 優しいあの子の性格を思い出す。

 撫子はなんでも喜ぶけれど、夢実とお揃いのものだと特に嬉しそうにするのだ。


 携帯のカバーや、ポーチも撫子が選んだもの。

 ブレスレットを二つレジへと持っていって、一つは自宅用、もう一つはプレゼント用にラッピングしてもらう。


 小さな紙袋を掲げながら、帰路に着くためにエスカレーターに乗っている時だ。

 目の前にいる年配女性二人組の会話が自然と耳に入ってくる。


 「この前さ、動画配信サイトで昔のドラマ見てたんだけどやっぱり叶ちゃん演技上手いわ」

 「勿体無いよね。青春を謳歌したいって言うなら止められないけど」

 「娘と同じくらいの子が今までよく頑張ったわよね」

 

 老若男女問わず、眞原叶は人気ものだ。

 非の打ち所がない美貌に、見るものを引き込む演技力。


 だけどまだ、彼女は16歳の女の子。

 17歳で新しい道を踏み出すものもいれば、16歳で一旦区切りをつける人もいる。


 幼い頃から頑張ったあの子は、いままさに第二の人生を歩もうとしているのかもしれない。

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