第13話
お風呂場にスマートフォンを持ち込んで、湯船に浸かりながら操作をする。
疲れを癒すために入れた入浴剤は乳白色で、ほんのりと甘い香りがして心地よい。
「えっと……女性同士、恋愛っと……」
カフェで撫子が言っていた言葉が気になったのだ。
漫画や小説など、色々なサイトがヒットする。
考えたこともなかったけれど、そこまで珍しいことではないのだろうか。
続いて、動画配信サイトへ。
新着動画欄を除けば色々とアップされていて、化粧品のレビュー動画や、子育ての記録。
男女のカップルチャンネルの動画は特に再生数の伸び率が良い。
「……どうしよう」
何系の配信者でやっていくべきか、自分でもよく分からないのだ。
夢実と叶の魅力を一番引き出せて、かつ芸能科に所属するための条件、登録者10万人を突破するほどのインパクト。
段々とのぼせてきて、次第に冷静な判断も出来なくなった夢実は、結局何も決めることができずに湯船から上がっていた。
何も決まらないまま、気づけば一週間も経過している。
3ヶ月の期限の内の一週間となれば、あまりにも貴重な時間だ。
放課後になって一度自宅に戻ってから、お弁当が入った袋を片手に叶の家へ向かっていた。
何か手土産を持っていくと申し出たところ、リクエストされたのだ。
インスタントのお味噌汁を熱湯でかき混ぜてから、叶はすぐにお弁当を頬張り始める。
「美味しい!やっぱり夢実さんのお母さんのご飯最高です」
「本当?今日のは私が作ったんだよ」
「夢実さんが!?」
まじまじとお弁当箱を見つめてから、続いて驚いた様子で夢実を見つめてくる。
面と向かって褒められて、こっそりと誇らしい気持ちにさせられていた。
「本当に美味しいです…料理系もありかもしれないですね」
「けどさ、料理動画なんてプロがうじゃうじゃいない?それに私たちが二人で料理系をやるのってどうなのかな」
高校生が料理をする動画なんて、一部の層にしなウケないだろう。
おまけに2人のうち一人は眞原叶なのだ。
料理だと手元がメインに映るため、それはあまりにも勿体なさすぎる。
「悩みますよね」
今日もおねだりをして、あのカプチーノを作ってもらった。
ほんの少しお砂糖が入っているから、甘くて美味しいのだ。
つい頬を緩ませながら飲んでいれば、腕につけていたブレスレットを指摘される。
「それ可愛いですね」
「ありがとう。撫子とお揃いなんだ」
「そうですか……本当に仲が良いんですね」
「そうだね、仲良しだよ」
小学生からずっと一緒にレッスンに励んできたのだから、2人は強い絆で結ばれている。
友人と呼ぶには軽すぎて、親友と呼ぶには少しだけ違和感がある2人の関係はまさに戦友だ。
「……どうしようか、動画の内容」
「やっぱり悩みますよね」
ちょうどカプチーノを飲み終えて、そっとソファから立ち上がる。
テレビ台のすぐ隣には本棚が置かれていて、そこにはいくつか漫画本が並べられていた。
「……漫画のレビューとかする?」
「素人の女子高生が語っても炎上するだけですよ」
「だよね……あれ、これって少女漫画?」
殆どが少年漫画だけど、所々少女漫画と思わしきタイトルの本が並べられている。
カモフラージュをするように、長編漫画の合間に差し込まれているのだ。
『君と百合色オンリーワン』というタイトルの本を手に取る。
少女漫画は嫌いじゃないためよく読むけれど、初めて聞いたタイトルだった。
「だめです!それは……!」
「え!?」
大声に驚いて、手にしていた本を落としてしまう。カーペットの上に落ちた、一冊の漫画本。
表紙が露わになって、そこには可愛らしい女の子が二人。
いまにもキスしそうなくらい近い距離で見つめ合っていた。
「……なにこれ?」
そういえばと、ふとあることを思い出す。
以前お風呂場で女性同士の恋愛について調べていた時、人気だと紹介されていたのがこの漫画だった。
「……ッわたしのじゃないです!友達から押し付けられて、全然好きじゃない」
「けどこれ栞挟まってるよ」
いつも饒舌な彼女が、珍しく言葉を詰まらせている。
うろうろと視線を彷徨わせた後、諦めたように項垂れていた。
「……引きました?」
「なんで?」
「なんでって……」
「最近はこういうのも普通なんでしょ?撫子が言ってた」
バッと顔をあげて、信じられないと言わんばかりに目を見開いている。
「……偏見ないんですか」
「なんで偏見になるのか分かんないんだけど」
「……そうですか」
ホッとした様子から、もしかしたら夢実に自分の趣味がバレて引かれてしまうと危惧していたのかもしれない。
夢実も詳しくないけれど、本棚に並べるくらいなのだからきっと彼女にとって大切な本なのだろう。
「そんなことで引いたりしないし。面白いの?これ」
ページをパラパラと捲ってみれば、繊細なタッチで描かれた世界がそこには広がっていた。
可愛くてついその世界に浸っている中で、ふとあることを思いつく。
半分冗談混じりだった言葉に、深い意味はなかった。
「カップルものにする?」
「何言ってるんですか」
「カップルものの動画配信者としてやっていくの」
すぐに「何を言ってるんですか」と返ってくると思っていた。
バカなこと言わないでくださいと呆れた返事を渡されると思っていたというのに。
「わかりました」
「おっけー…え、分かりましたって」
「チャンネル名はユメカナ♡ちゃんねるでいきましょう」
パッと顔をあげれば、すぐ目の前に叶の顔がある。
その表情は真剣で、決してふざけているわけではなさそうだ。
「待ってよ!本気?」
「最初に言ったのは夢実さんです」
「でも、半分冗談だったっていうか……」
「断言します。私たち二人が一番伸びるのはカップルチャンネルです」
そこからの彼女は饒舌だった。
もしも彼女が営業で訪問販売でやってきたとしたら、丸め込まれて買ってしまいそうな迫力と説得力がある。
「まず私たち二人は可愛いです。そして世の中には百合をこよなく愛する人々が大勢います。おまけに現役JKとなれば話題性もある」
「でも、偽物のカップルを演じるってことでしょ?」
「そうなります。なのでこれからお互いのことを色々と知る必要がありますよ」
「もう決定事項なの!?」
コクリと頷いてみせる彼女は、まっすぐな瞳をしていた。
「撮影は3日後。編集は二人でやりますが、素人感をウリにしたいのでシンプルにいきましょう」
話は決まったと言わんばかりに、叶はお弁当を食べ始める。アサリの佃煮を美味しそうに食べていて、もしかしたら好物なのかもしれない。
「なので明日はデートです」
「へ……?」
「カップルチャンネルをするんですよ?デートをしてお互いのことを知るんです。それにデート中のことは動画でネタになる……そうだ、明日のデートを練習にして、いずれはデート動画も撮りましょう」
急にサクサクと話が進んで、ついていくのがやっとだった。
生まれてこの方誰ともお付き合いをしたことがない夢実が、偽物のカップルなんて演じられるのだろうか。
「登録者数が伸びたら視聴者からの質問コーナーもやるので」
「あ……はい」
一度動き出した歯車は、簡単に止められるものではない。
動き出すまでは大変だけど、一度回ってしまえばスムーズに循環していく。
あまりにも予想外すぎる展開に戸惑いつつも、新たな風に少しだけ好奇心が擽られていた。
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