第4話
全面ガラス張りの部屋で、リズムに合わせて体を動かしていた。
すごくショックで、どうしてと絶望に打ちひしがれたけれど、それで諦めてしまったら過去の自分に申し訳なさ過ぎる。
もう思う存分泣いたのだから、あとは前を向くだけだ。
いくら夢が破れたと言っても、そこでくすぶってたら何も生まれない。
絶望するのは自由だけど、そんな暇があったらレッスンするしかないのだ。
もし夢実が凡人なのだとしたら、天才を超えるためにはその何千倍も血の滲む努力をするしかないから。
シューズをキュッと鳴らしてから、体の動きを止める。
息を乱しながら、くるりと後ろを振り返る。
鏡越しに撫子がレッスン室に入ってくるのが見えたのだ。
「おつかれさま」
「おつかれ、撫子も自主練?」
「さっきマネージャーから呼び出されたの。今後について、いろいろ」
ペットボトルを渡されて、お礼を言ってから受け取る。普段からよく飲んでいるもので、レモン味が爽やかで美味しいのだ。
「……イメージカラー、きまったの」
「何色?」
「……ピンク」
申し訳なさそうな表情に、言わんとしていること察してしまう。
一番近くにいたからこそ、撫子はよく知っているのだ。
夢実がかつて大人気だった、五十鈴南というアイドルに憧れていることを。
彼女と同じピンク色をイメージカラーにして、アイドルとして輝きたかったことを。
「やったじゃん」
「でも……」
「私も絶対いつか追いつくから。アイドルデビューして、ピンク色のペンラ振ってもらう。撫子の方が先だけど、私も絶対そこまで追いついてみせる」
パキッと音をさせながら、ペットボトルの蓋を開ける。乾いた体を潤してから、優しく撫子の頭を撫でた。
「嫉妬で無視するとかも絶対ないし。私にとって撫子は大切な友達で、アイドルの先輩になっちゃうけど……練習生の同期だったってことに変わりはないし」
「けど、私は……ッ!」
突然の大声にビクッと肩を跳ねさせてしまう。
無意識に発してしまったようで、撫子も戸惑ったように目線をうろうろさせていた。
「……ごめん」
「良いけど、どうしたの…?」
「なんでもない!」
なんでもないはずがないだろうと問い詰めようとするが、撫子は一向に口を開かない。
困っていれば、再びレッスン室の扉が開いて、2人きりの空間は顔見知りのスタッフが登場したことによって終わりを告げた。
「天口さん、少し良いかな」
「えっと……」
「良いから早く行きなよ」
言葉通り撫子に背中を押されて、後ろ髪を引かれつつ、レッスン室を後にする。
彼女が何を言いたかったのか、7年も一緒にいるというのにちっとも分からなかった。
連れてこられたのは社長室で、滅多に立ち入らない空間に緊張してしまう。
しかし社長はおらず、いるのは練習生を纏めている年配の男性だった。
たぶんお偉いさんなのだろうけど、名前までは覚えていない。
そんな彼から渡された言葉を、上手く理解することが出来ずにいた。
「えっと……もう一回お願いします」
「だからね、うちの事務所は今期で天口さんとの契約を打ち切ることになったから」
今日が契約書の更新日だったことなんて、そんなことすっかり忘れていた。
何も問題がなければ、申し出がない限り自動更新されるため、これまで意識したことがなかったのだ。
「どうしてですか……?」
「7年間アイドルになるために頑張って……結局芽は出なかったでしょう。同い年くらいで練習生として励んでる子もいるけど、皆んな7年もいると大体諦めるんだよ」
つまりこう言いたいのだ。
7年も所属して、芽は出なかった落ちこぼれはさっさと退社しろと。
何も言えなかった。
悔しくて唇を噛み締めながら、目線を下げてしまう。
薄々気づいていたのだ。
練習生のエースとして大切にされていた撫子と、夢実は違う。
いつまで経っても自分にチャンスは回ってこないと気づいていたけれど、それでも微かな可能性に縋っていた。
「……本当に申し訳ないけど、うちも人気商売だからさ」
1の可能性を0にされた。
お前にチャンスはないのだと、無情にも宣告されたのだ。
分かっていたはずなのに、いざハッキリと言われるとジクジクと胸が痛んで仕方なかった。
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