第3話
大きめのレッスン室には、20人ほどの同年代の女の子が集められていた。
皆、今回のオーディションに参加した子達で、最初は100人以上いたのだからだいぶ振るいにかけられている。
撫子の隣で、緊張を必死に抑え込みながら生唾を飲む。
「緊張するね……」
「夢実なら絶対大丈夫。ボーカルテストもダンステストもすっごく良かったし…私のほうが失敗してるから怖くなってきた」
安心させるように、緊張を分け合うように、ギュッと手を握りあう。
先にデビューしたグループには夢実と同い年の子もいれば、それよりも幼い子だっていた。
次こそは自分だと期待しながら、7年もの間頑張ってきたのだ。
ガチャリと扉が開いて、室内の空気がピンと張り詰める。
現れたのは社長とプロデューサーで、すぐにタブレットを操作しながら口を開いていた。
「ではこれからデビューメンバーの発表をします。今回デビューするのは5名で、グループ名は……」
ギュッと手を握る力が強められて、パッと顔を上げる。隣にいる撫子は、励ますように笑みを浮かべていた。
彼女だって同じくらい緊張しているだろうに。
「一人目は……」
頷いて、無言で大丈夫だと伝える。
1人目、2人目と名前は呼ばれていくが、2人の名前は上がらない。
「4人目は桃山撫子さん」
喜びと驚きで声が上がりそうになるのを必死に堪えながら、撫子を見つめる。
大きな瞳がいまにもこぼれ落ちてしまいそうなくらい、撫子は驚いたように目を見開いていた。
「それで、5人目は……」
いよいよ最後のデビューメンバー。
来い、呼ばれろ。
これまでずっと頑張ってきたのだ。
アイドルとしてデビューするために、いろんなものを犠牲にして直走った。
様々な感情で、紡ぎ出される声に耳を澄ませた。
「茅ヶ崎絵梨さん。以上が今回デビューする5名となります。選ばれた人は残ってください」
頑張った分、報われる世界ではない。
むしろ報われない人の方が多くて、こればかりはどうしようもないのだ。
努力以外にも、才能と運。
寧ろ後者二つの方が大事なのかもしれない。
デビューするグループは、大体数年に1組だ。
夢実は今年で17歳。
次、新しくグループが作られるのはおそらく20歳前後になる。
最年長メンバーになるかもしれないし、もしかしたらもっと間が開くかもしれない。
泣きそうになるのをグッと堪えてから、握っていた手を離す。
「撫子おめでとう!今度お祝いしようね」
「夢実……」
「握手会絶対行くから。ライブだって最前で見に行くし……あ、そもそも諦めてないからね。次は絶対デビューする!」
意外にも冷静な自分がいることに驚きながら、撫子に向かって手を振る。
また学校でねと言い残して、レッスン室を出てから、何も考えずに足を動かしていた。
「……だめだった」
小さな声は、当然誰にも届かない。
溢れた涙は少しだけで、拭ってしまえば誰にも気づかれない。
悔しかった。
あんなに頑張ったのに、何がだめだったのだろうと色んな思いが込み上げてくる。
「でも……次があるし」
そうやって言い聞かせるけれど、次がくる保証なんてどこにもない。
練習生として所属して7年。
ここまで芽が出ないと、自分でも薄々分かってくる。自信が消失してしまうのは、仕方ないことだろう。
堅苦しい制服を脱ぎすてた夢実は、ラフなスウェットに着替えていた。
長い髪はポニーテールに結んでから、去年の誕生日に撫子からもらったお気に入りの髪飾りをつける。
一息を吐いて、「天口屋」と胸元に刺繍されたエプロンを付けてから、一階にある店舗へと足を運んでいた。
「お母さん、ただいま。今日混んでる?」
「ボチボチねえ、お昼に団体の予約が入ってたから結構バタバタしてた」
二人で顔を見合わせて、大変だったねと笑い合う。
言わずとも夢実がレジに入って、その隙に母親は奥でお弁当を詰め始めた。
何年もの間、こうして母親が経営するお弁当屋の手伝いをしてきたからこそ、自然と体は動いてしまう。
母親と小学生の弟と3人暮らし。
一軒家の一階でお弁当屋を経営していて、2階が住居スペースだ。
レッスンがない日の放課後は、こうしてよく手伝っている。
お客さんが空いたところで、夢実はポツリと声を漏らした。
乗り気はしないけれど、きっと母親はオーディション結果を知りたがっているはずだ。
「オーディションね、ダメだったよ」
自分なりにさらりと告げられたつもりだけど、気にしていないように聞こえただろうか。
「けど撫子は受かったの!今度デビューするから、大翔と3人でコンサートとか行こうね。コネチケ貰っちゃおう」
「夢実……」
「大丈夫!私もすぐに追いつくし」
「そうだね、夢実は頑張り屋さんだから」
だから心配しないでと笑みを浮かべるが、母親にはそれが空元気だと見抜かれていないだろうか。
胸がチクチクして、頬が引き攣りそうになる。
こんなことなら、母親の前では本音で話せばよかっただろうか。
一階からは食洗機を掛ける音が聞こえてきて、まだ起きているのかと働き者の母親を尊敬してしまう。
父親が病気で亡くなって以来、母親は女手一つで夢実と弟の大翔を育ててくれているのだ。
だからこそ、なるべく母親が楽できるように仕事や家事を手伝うようにしている。
弟を寝かしつけてから、疲れた体を癒そうとお風呂場へ。
「……あー、疲れた」
今夜はお店は空いていた。疲れたのは体ではなく、心だろう。
勉強は芸能科生徒向けのものだから難しくないし、今日はレッスンだってお休みだった。
湯船から上がって、シャワーを浴びる。
普段はシャワーの水圧は弱くするのが好みだというのに、あえて強くしていた。
床にシャワーの水が跳ね返る音は、色んなものをかき消してくれる。
「……ッ」
両手で口元を覆ってから、声を押し殺す。
これでようやく泣くことができる。
誰にも見られずに、思う存分涙を流すことができる。
本当は泣きたかった。デビューメンバーではないと宣告された時点で、夢実も他の練習生のようにその場に蹲って泣きたかったのだ。
大声で泣いて、悔しいと言いたかった。
だけど我慢して、心配をかけないように堪えて。
ここなら聞こえないはずだから。
声を押し殺しながら、自分の感情を溢れさせていた。
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