第2話
幼い頃からピンク色に憧れていた。
薄らとしたベビーピンクに、濃くて派手さがあるショッキングピンク。
あげればキリがないけれど、ピンク色が付く色味はどれも可愛くて、幼い頃から好きだったのだ。
同時に、天口夢実は長い間アイドルに憧れていた。
アイドルグループにおいて、センターは大体、赤色かピンク色。
赤色を任されるのは大体ハツラツとしたリーダー気質の子が多い。
みんなを引っ張っていけるような、そんな存在。
ピンク色は可愛らしくて、女の子らしい。
そこにいるだけで、パッと花が咲くように華がある女の子。
かつて憧れていたアイドルグループ、ラブミル。
その真ん中に立っていた
アイドルを目指す練習生として、ずっと彼女のようになりたいと、ひた走ってここまできたのだ。
天口夢実にとって、ピンク色というのは特別で憧れのものなのだ。
目の前に座っている生徒の頭部がゆらゆらと揺れていて、斜め向かいの生徒は睡魔に負けて眠りこけてしまっている。
授業中にも関わらず、数学教師は何も言わない。
昨晩遅くまで撮影をしている生徒も少なくないため、注意はしないのだろう。
芸能科ゆえに、高校生にも関わらず既に仕事をしている生徒は多い。
事務所に所属をして練習生、または俳優や女優のたまごとして活躍している生徒が7割。
テレビに出て、知名度のある生徒が3割といったところだろう。
「じゃあ、ここの問題は……安藤わかるか?」
「わかんないっす」
「難しいよな、じゃあ先生が解説します」
そんなのアリかよ、と心の中でツッコミを入れながら、夢実は真面目に黒板と向き合っていた。
中学時代はあんな返答をする生徒は間違いなく激しく怒られていた。
これも芸能科だからだろうか。
ここにいるのは、いわゆる普通ではない特別な子供達だと、教師はもちろん生徒自身もそう思い込んでいるのかもしれない。
休み時間になるのと同時に、教室内は一気に明るい声が響き渡る。
堅苦しい空気からようやく解放されたと言わんばかりに、至る所で楽しげに語り合う声が聞こえてきた。
「それでぇ、この前の恋愛リアリティ番組に出てたユウくんって知ってる?」
「めっちゃカッコ良い子だよね。現役大学生でしょ」
「そう〜、その子が今度合コンセッティングしてくれるらしくて優里も来なよ」
聞く耳を立てていなくても、自然と耳に入ってくる声。
それでも芸能科に所属する生徒かと言いたいところだが、無名の夢実には何も言えない。
彼女は読者モデルで、最近はネット番組である恋愛リアリティショーにも出演していた。
おまけにプライドが高く、事務所に所属する練習生として、まだデビューしていない生徒にたいしてはあたりがキツいのだ。
夢実が注意しても、絶対に聞く耳を持ってもらえない。
「え〜何着て行こうかなあ」
「るいちゃんがイメージモデル務めてるブランドの春服、この前雑誌の撮影の時にもらえたの」
いくら高校生といっても、このクラスには芸能と関わりのある生徒しかいない。
気に食わないからと情報を売られてしまう可能性もあるのだから、危機管理はしっかりしないとダメだろう。
少しの油断が足元をすくわれるきっかけになる。
夢実は特にここ最近、気を張っているのだ。
今日は所属する事務所が新たに立ち上げる、アイドルグループのメンバー発表日。
所属する練習生は全員内部のオーディションを受けさせられて、それなりに手応えもある。
「メンバーの発表、いよいよ今日だね」
「……撫子は自信あるの?」
「少しだけ?」
少しと言いながら目の前の席に座ったのは、クラスメイトであり、同じ事務所に練習生として所属している
同い年の彼女とは、練習生になった年も一緒。
芸能事務所の練習生として、小学生から7年もの間ともにレッスンに励んできた。
一緒にデビュー出来たらいいねと、二人で支え合ってきたのだ。
「絶対夢実とデビューしたい」
「それは上が決めることじゃん」
「絶対私たち良いコンビになれるよ。系統とか似てるし、セット売りとかウケそう」
「気が早いって」
ふたりとも身長は160センチ前半で、並んだ時のバランスも良いと撫子が続ける。
放課後はいつもレッスン室に篭って、ともに汗水流してきた。
苦楽をともにしてきた撫子と一緒にデビューをしたい。口には出さないけれど、それは夢実も同じ思いだった。
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