第4話「魔法使い・気の病」
「なにこれ、
女子高生がセーラー服のまま冬子の店に入った。
「こんちは! 導引って本当に千円?」
「はい、導引は千円ですけど……」
元気な女子高生に戸惑う冬子。
「じゃあ、やって!」
「あの〜、導引というのは、ヨガのように自分で行うものなんですが……」
「え〜っ、ヨガなの? もんでくれるんじゃないの?」
不満気な女子高生。
「お嬢ちゃん、わしが導引を教えよう」
店の奥にいた鉄拐仙人が言う。
「わっ! おじいさん、凄いヒゲ、魔法使い? そうでしょ! あたしね、昨日、神様に祈ったの。魔法使いが現れてあたしの病気を魔法で治してくれますようにって」
「神様に祈って、魔法使いに頼むのか?」
「そうだよ。魔法でパッと治して欲しいの」
「なんの病気だ? 頭か?」
「頭じゃないよ! のり子、頭いいんだから! 起立性調節障害って病気」
「起立性……なんだそれ?」
「起立性調節障害は、わりと最近言われる病気で、立ちくらみや、めまいが起きたりする自律神経や血圧の異常を起こす病気でしょ?」
冬子が言う。
「そうだよ。お姉さん、わかってるじゃん!朝が起きられなくて困るのよ。学校に遅刻して先生に怒られるの」
「怠け病じゃないのか?」
「怠けてないよ! のり子、一生懸命だもん」
鉄拐仙人のひどい言葉に反発する女子高生。
「わかった。そう怒るな。昔から、学校や仕事に行かないでぶらぶらしてる奴はいてな、本人は体が動かないって言うんだが、病院に行っても異常はなくて、周りは、怠け病とかぶらぶら病って言ってたんだ。現代なら病名もわかるかもしれんが、昔は雑だったからな……」
「のり子、起立性調節障害だもん!」
「血のめぐりが悪いということだな。若いのにそんなことがあるのか……」
「鉄拐さん、これは思春期に多い病気らしいんですよ」
冬子が言う。
「一種の気の病じゃないか? 恋患いみたいなもんだろう」
「恋なの? のり子、恋してるの?」
「いや、お嬢ちゃんのは違う。お嬢ちゃんのは学校行きたくない病だろう」
「えっ、そうなの? 確かに先生、凄く怒るから学校に行きたくなかったけど……」
「お嬢ちゃんは、しゃべり過ぎるから怒られるんだろう!?」
「そう。うるさいって怒られる。おじいさん、よくわかるね。やっぱり魔法使いなんじゃないの?」
「わしは、魔法使いじゃない。仙人だ」
「仙人ってなに? 魔法を使う人じゃないの? その杖は、魔法の杖じゃないの?」
「これか? これは、粗大ゴミ置き場にあったんだ。この国は、いい物がゴミに捨ててあるわ。カッカッカッ!」
「えっ、なに、この国って、おじいさん外国人なの?」
「わしは、仙界の人間だ」
「仙界? 仙界ってなに? 魔法の国?」
「魔法の国か、そう言えなくもないな。仙界では仙術が使えるからな……」
「それじゃー、のり子も仙界に行ったら、おじいさん、魔法でのり子の病気治してくれる?」
「お嬢ちゃんは仙界には行けん。導引で治せ」
「なんだ、のり子は仙界に行けないの? じゃあ、おじいさん導引教えて。はい、千円あげる」
「おっ、すまんな。千円あれば酒飲んで気持ちよくなれる」
「お酒って気持ちいいの?」
「ああ、酒飲んでぶらぶらして暮らせたら最高だ」
「へ〜っ、そうなんだ。のり子も飲みたいな。一緒に飲もうか?」
「おっ、そうか! 一緒に飲むか。若い娘と飲む酒は、また格別だ」
「鉄拐さん、未成年にお酒を飲ませたら警察に捕まりますよ」
冬子が釘を刺す。
「警察はまずいな……お嬢ちゃん、二十歳になったら、またおいで。まずは導引で病気を治せ」
鉄拐仙人は、足を伸ばして床に座った。
「この姿勢で足首を伸ばしたり、縮めたりするんだ」
「なに、それ。それが導引?」
「そうだ。やってみれ」
女子高生も同じように足を伸ばして床に座るが、上半身が真っ直ぐに立たない。後ろに倒れてしまう。
「お嬢ちゃん、股関節が硬いな」
「えっ、これ股関節が硬いの? 普通は、みんなできるの? こんな姿勢したことないよ」
「起立性なんとかというのも、たんなる気の病じゃないか、体もやられている」
「気の病ってなに? 恋の病?」
「気の病は、例えば、学校に嫌いな奴がいると、学校に行きたくなくて、本当にお腹や頭が痛くなったりするんだ」
「あ〜っ、ある、ある。友達に変なこと言われたり、先生に怒られた次の日は、学校行きたくないし、お腹が痛くなったりするの」
「それだけ体が硬いと、嫌な事があると自律神経も狂ってしまうぞ」
「体が柔らかくてなると自律神経が狂わないの?」
「たぶんな……だいたい、女の子は出産があるんだから、股関節を柔らかくしておかないと大変だぞ」
「股関節って、これ!? 別に痛くないよ」
「股関節が硬いと足を伸ばして床に座ると、お嬢ちゃんのように上半身が安定して立たないんだ」
「えっ!? そうなの? これは股関節が硬いからなの?」
「そうだ。それが楽にできるように練習するんだ」
「こう? 足首伸ばして縮めるの? ふくらはぎが痛いよ。お腹も痛い」
女子高生は鉄拐仙人に言われた導引をするが、全然さまになっていない。
「その姿勢で手を前に伸ばして、自分の足の指をつかめるようになれば股関節は柔らかい」
鉄拐仙人は体を倒すと顔が足のすねにペタリと付き、楽々と自分の足の指を手でつかんでいる。
「この姿勢で足の指をつかむの? 無理だよ。そんなのおじいさんしかできないよ!おじいさん、サーカスの人じゃないの? テレビのビックリ人間に出れるよ!」
女子高生の手の指と足の指は30cmほど離れている。
「最初からは無理だ。まずは、ボートを漕ぐように手を縮めるんだ。そして、手を上に上げて首を回すんだ」
鉄拐仙人は体を前に倒し手を伸ばしてボートを漕ぐようにゆっくりと手を縮める動作を繰り返した。
「無理、無理。足が痛い、お腹も痛い」
女子高生には難しいようだ。
「しょうがないな、これならどうだ」
鉄拐仙人は正座をして、手を前に伸ばしボートを漕ぐように手を胸に引き寄せる。
女子高生も同じようにやってみる。
「これなら出来るよ。これで良くなるの?」
「自律神経は首と仙骨がポイントになる。これで首の自律神経がよくなるだろう。たまに手を上に上げて、ゆっくり首を回すんだ」
「こう?」
女子高生も正座したまま手を上に上げて首を回すとゴリゴリと、首から凄い音がした。
「お嬢ちゃん、どんだけ首が凝っているんだ。 それは、なんとかっていう病気にもなるわ」
鉄拐仙人があきれている。
「のり子、運動が嫌いだから、ゲームは上手なんだよ。お父さんとやっても勝つんだから!」
「若い内に体を鍛えた方がいいぞ。関節も柔らかくしとくといい」
「この導引が出来るようになったら、朝、起きられるようになる?」
「ああ、起きられるだろう」
「おじいさん、本当は魔法使いなんじゃないの、これが魔法を使う為の修行でさ……」
女子高生は、そう言って横になると寝てしまった。
「寝ちゃたね。よっぽど緊張してたのかな?」
冬子が鉄拐仙人に言う。
「導引をすると寝てしまうのは多いな。頭の中にある眠たくなる物が流れるのかな? 30分くらい寝かせてやるか……」
❃
「お嬢ちゃん、起きれ」
鉄拐仙人が女子高生の肩をゆする。
「ん〜っ、朝? えっ、おじいさん? 魔法使い? あたし、魔法の国に来たの?」
「整体の店だ。導引をして寝てしまったんだ」
「なんだ、魔法の国じゃないのか……」
女子高生が起き上がり帰ろうとする。
「あっ、体が軽い! 何これ! これ魔法でしょ! 体が全然違う!」
冬子と鉄拐仙人が目を合わせる。
「導引をやり始めると、よくある事だ」
「そうなの? 導引って魔法じゃないの?」
女子高生の言葉に、ふっふっと笑う冬子と鉄拐仙人だった。
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