第3話「顔の導引・悲しみ」
冬子の店『じんぞう堂』のメニューはシンプルである。
『整体30分 3,000円』これだけであった。
しかし、あらたに、
『導引 1,000円』と言うメニューが増えた。
❃
「鉄拐さんに、導引のお客様がきたら1,000円が取り分です」
「たった千円か!? このわしが直接指導してやるんだぞ! 1万円でも10万円でもいいんじゃないか?」
「無理です。千円でもお客様がくるかどうかですよ」
鉄拐仙人と冬子が店の中で話している。
「病気になったら治療費はかかるし、仕事も失うかもしれないのに、導引の価値を分かっておらんな……」
「しかたないんです。現代は、病気になったら病院に行って、薬か手術で治すというようになっているんです。病気を治してくれる人は医師だけなんです。昔のように祈祷きとうで治したりしないんです」
「導引使いは、もはや用済みか……なげかわしい……」
「なにかのはずみでブームになれば、忙しくなるかもしれませんよ」
「ユー○ューブで導引を教えるか?」
「やるのは勝手ですけど、わたしは写さないでくださいね」
「冗談だよ、わしはスマホなんか持っとらんわ! ホームレスだったからな……」
❃
お客様がやって来た。
二十代後半の女性。
初めて店に来たお客様だ。
「どこか気になる所はございますか?」
冬子がたずねる。
「肩がこるのと頭も痛いです」
「わかりました。肩と頭をもみましょう」
肩と頭の施術をする冬子。
鉄拐仙人は店の隅で椅子に座わり、冬子の施術を見ている。
施術が終わり、お客様は帰ろうとしている。
「お嬢さん、導引していきませんか?」
鉄拐仙人が声をかける。
「導引ってなんですか?」
お客様は導引を知らなかった。
「あなたの顔には、悲しみがこびりついている。それをほぐす方法じゃ」
「顔に悲しみ……こびりついてますか?」
お客様が冬子の方を見る。
「あっ、え、ええ……そう言われたら……」
困りながらも、鉄拐仙人の言ったことを肯定している。
実際、お客様は悲しげな顔をしていた。
「その、導引をすると悲しみが消えるんですか?」
「心の悲しみはしらんが、顔の悲しみは、やってれば消えるだろう」
「それなら、その導引というのをお願いします!」
「導引と言うのは、自分でするものだ。掃除のように毎日こまめにやるといいぞ」
鉄拐仙人はお客様に顔の導引を教えた。
「まず、顔に手をあてひたいをもむ」
「こうですか?」
「そうじゃない。こうだ」
お客様が指の先だけでひたいをもむので、鉄拐仙人が指の第ニ関節までを使いゆっくりとひたいをもむやり方を教えた。
「次は目の周りをもむ、これは指先でやるんだ」
「こうですか?」
「そうじゃない。こうだ」
鉄拐仙人が目の周りの骨を意識して優しくもむやり方を教えた。
「次は鼻だ。こうやって、人差し指どうしで挟んで上から下になでるんだ」
「こうですか?」
「そうだ。それはできるんだな」
「次は、ほほだ。歯をいーと開きなが指の腹で上に上げるようにもむんだ。悲しみが続くとここが固くなるから、悲しげな顔を治す一番大切な技だ」
「わかりました。こうですか?」
「ほほだげじゃなく、歯を噛み締めていーと口を開きながら筋肉を上に上げるようにもむんだ。ここが固くなると心も悲しくなる」
「次は口だ。くちびるを左右にもんで、歯ぐきを顔の上から押さえるんだ」
「こうですか?」
「まあ、そんなもんだな……口元は上に上げといたほうがいいな」
一通りの顔の導引を教えた。
「ありがとうございました。実は私も顔が悲しいと思っていたんです」
「何か悲しいことがあったのか?」
「仲の良かった同僚が結婚して会社を辞めちゃって、話し相手が居なくなっちゃったんです」
「うん、それで……」
「先輩は私の仕事のミスを指摘ばっかりするし、後輩は私と話そうとしないんです。挨拶もしないんですよ。私、同僚がいなくなって悲しくて悲しくて、お弁当も一人で食べてるし、会社も辞めちゃおうかと思っているんでる」
「……大変だな」
鉄拐仙人は、あまり興味がない話しのようで、ただ頷いてお客様の話しを聞いていた。
話したいことを話し終わると、スッキリしたのか、顔つきも明るくなってお客様は帰っていった。
❃
「鉄拐さん、あれは、悲しみを取る顔の導引なんですか?」
冬子がたずねる。
「悲しい事が続くと顔の筋肉も弱る。おかしなものを見て笑うだけでもいいが、顔を揉むのが早いだろう。もっといっぱいあるんだが、千円ではあんなもんだ。むしろ大サービスだな」
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