第2話「導引使い・肩甲骨の横」

 カレーライス大盛りとラーメンをペロリとたいらげた自称、鉄拐仙人。


「で、どうする? わしを雇わんか?」


 ホームレスの老人を雇う?

 導引使いというのには引かれるけど、どう見ても80歳過ぎだし、ここは、お引き取り願うか。


 自称、鉄拐仙人は、衣服は汚れていて身なりが悪い。しかも容姿も並以下。足も悪いようで杖を突いている。

 冬子でなくても、とても雇う気にはならないだろう。


 冬子がやんわりと雇うのを断り帰ってもらおうとした時、またしても冬子の頭の中に光が走った。

 今度は赤い光で、流れ星のように一瞬だが、はっきりと見えた。


 これは、断ってはいけないと言うお告げ!?

 私を護ってくれる、目には見えない何かからのお告げ……?

 わかりました、従います。


「鉄拐さん、雇います」


「そうか、お前、見る目があるな! カッカッカッ!」

 鉄拐仙人は前歯の無い口で大笑いしている。

 冬子は、目に見えない何かからのお告げに従い鉄拐仙人を雇ったが、本当は不安でいっぱいであった。


 ❃


「ごめんください」

 冬子の店にお客様である。

「は、はい。いらっしゃいませ! ど、どうぞこちらへ」

 お客様を店の中に案内する冬子。

 お客様は40代の女性であった。


「どこか気になる所はございますか?」

「はい、右の肩甲骨の横が痛くて……」

 冬子がお客様の肩甲骨の横を触る。

 右の肩甲骨と背骨の間にコリがあり、肩甲骨の表面と右の首にもコリがあった。


 この、冬子とお客様とのやり取りを見ていたのが鉄拐仙人である。

「店長、このご婦人の導引をわしにやらせてはくれないか?」


「えっ、このお客様を!?」

 冬子がお客様の顔を見る。

 お客様は冬子と見つめ合い、ゆっくりと鉄拐仙人を見た。

 鉄拐仙人は、ニカッと笑っているが、前歯は無く無精ヒゲを生やし身なりも汚く、髪もいつ風呂に入ったのかわからないほどボサボサの状態だった。


 お客様は、冬子を見つめ、震えながら首を横に振った。


 鉄拐仙人は、お客様の前にやってきて、お客様の右手をつかんで上に上げ、お客様の手を肩甲骨と背骨の間のコリにあて押した。

「アッ、アッ、あ~~っ!」

 鉄拐仙人の絶妙な力加減と腕を上げる角度は、お客様のツボに入ったようだ。


「ご婦人、わしで良いかな?」


「は、はい。お願いします」

 鉄拐仙人の腕を一瞬で理解したお客様は、施術をまかせた。

 しかし、鉄拐仙人は整体の施術は知らない。おそらく整体というものを受けたことがないだろう。

 知っているのは導引である。

 導引と言うのは、自分で行う健康体操で、仙術の修行法である。


「ご婦人、左手でここをこういうふうに押さえ、右手を横に伸ばして振ってみてくれないかな?」

 お客様は、言われたとうりに右手で左肘を押して左手を肩の上から肩甲骨の横に置き指先でコリを押さえた。

 ぎりぎりだが指はコリに届いている。

 そのコリを押さえたまま右手を横に伸ばし前後に振ると自然とコリを押さえた左手の指先がコリをほぐすのだ。


「あ〜っ、なるほど。こうやってコリを取るんですね」

「そうだ、簡単だろう。次は脇の下から左手で肩甲骨の裏を押さえてみろ」

 お客様は、言われたとうりに右の脇の下から左手を入れ、右の肩甲骨の裏を指先で押さえた。

「そうだ、その状態で右肩を回すんだ」


 鉄拐仙人が同じ姿勢でお客様の前で肩を回している。

 肩甲骨の裏を指先で押さえながら肩を前から後ろに回している。

「肩の動かし方は、別にこうでなければいけないと言うことはない。コリを感じながら、いろいろと肩や腕を動かすんだ」


 言葉使いは乱暴だが、導引の腕は良いようだ。

「なるほど、コリを押さえながら腕を動かすのか、これが導引と言うのですね」


 お客様が導引をした後、冬子が施術をして、お客様が帰って行った。


 ❃


「鉄拐さんの導引の取り分は千円です!」

「千円!? この、わしが導引を教えたのに、たった千円か?」

 冬子が、鉄拐仙人に千円札を渡す。


「そんなもんですよ。嫌なら解雇します」

「……そんなもんなのか?」

「残念ながら、それくらいなんです」

「しょうがない。千円あれば、結構食えるか……」

 千円札を上にかざし、見上げる鉄拐仙人。


「鉄拐さん、お住まいはどこなんですか?」

「お住まいも何もホームレスだからな、最近は、ここから近い公園で寝ている」


「公園ですか……それなら、この店は、おじいさんが使っていた部屋があるので、そこを使ってください。わたしは、仕事が終われば実家に帰ります」

「なに!? この店の部屋で寝ていいのか!?」

「はい、どうぞ」

「ずいぶん気前がいいな、部屋代とか取るのか?」


「部屋代は無料でいいです」


「お前、なんて気前のいい女だ、俺に惚れたのか?」

「いえ、いえ、そういう趣味はありません」


「ふ〜〜ん、それなら、昼めしの出前も店の経費で出してくれないか!?」

「昼めし代!?」

 冬子は目を開き、口もあいていた。

 あまりの図々しさに開いた口が塞がらないという状態だった。

 しかし、しばらく考えて言った。


「わかりました。昼めし代も出しましょう」


 ヒャッヒャッヒャッ!

 手を叩いて笑う鉄拐仙人。

「むすめ、やはり、わしに惚れておるな!」

「違います!!」

 強く否定する冬子だった。



 ❃



 冬子は店から実家に歩いて帰る途中、考えていた。 


 おじいさんが言っていたんだよな、

 仙術を使う者は、自分が悪いと思う事をすると神通力を失うって。

 あの、自称、鉄拐仙人の導引の腕前は、わたしより上だった。

 お父さんより上かもしれない。

 おそらく、悪い事はしないだろう。

 あの人から導引を教われというのが、あの光のお告げなんだろうか?


 冬子が、自称、鉄拐仙人の導引の腕前を見抜き、部屋を貸して、仕事と昼めしも付けて大切にしたのは、鉄拐仙人が自分のレベルを上げると感じていたからだった。

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