整体師・三日月冬子2 〜導引使い・鉄拐仙人〜

ぢんぞう

第1話「鉄拐仙人」

「ごめん」


「はい、いらっしゃいませ」

 整体の店『じんぞう堂』の店主、三日月冬子みかづきとうこがお客様を迎え入れる。


「客ではない」

「お客様ではない……何か、ご用事でしょうか?」

 汚れた身なりで髪もボサボサ、杖を着いた老人である。

「腹が減っている。何かめぐんでもらえないだろうか?」


 お腹が空いている?

 身なりもあまり良くないし、ホームレスの人かな? あまり関わりになりたくないな……ご飯を食べさせるのはかんたんだけど、懐かれて毎回来られても困るし、帰ってもらうか……


 冬子は薄汚れた老人に帰ってもらおうと口を開けた瞬間、何かが頭の中を走った。光のような物が頭の中を通り抜けたのだ。

 冬子は、この現象は初めてではない。

 何かがある時、知らせのように頭の中に現れるのだ。

 冬子は、この現象をとても大切にしている。何か上の人か、あるいはご先祖等、自分を護ってくれる者からの警告だと思っている。


「わかりました。出前でいいですか? 何か食べたい物はありますか?」

「ほ〜っ、出前を取ってくれるのか、それでは遠慮なく、カレーライスとラーメンがいいな」

「カ、カレーライスとラーメン……」

 二つも……

 ご馳走してもらうのに二つも!?

 本当に遠慮のない老人だ。

 不満があったが、これも何かの警告、あるいは、お告げと思い素直に受け入れることにした。


「はい、わかりました。今、電話で注文します」

「カレーライスは大盛りにしてくれるか?」

「大盛り!? は、はい。わかりました」

 本当に遠慮のない老人。

 ボケてるのかな……

 冬子はいつもお昼ごはんを頼んでいるそば屋の『はまこう』に電話をした。

 はまこうは、そば屋だがカレーライスやラーメンもメニューにあり、和風の出汁で旨かった。


「ねえさん、気前がいいな。わしは、見たとうりの一文無しのホームレスだぞ」


「本当のホームレスの方ですか?」


「本当もウソもない、本物のホームレスだ。しかも、金もなければ、身寄りもない」


 本物だよ、どうしよう……

 おそらく、さっきの光は、何かのサインなんだけど、どういう意味なのかはわからないんだよな……


 グ〜〜〜ッ

 腹の虫が鳴くホームレス。

「出前のめしか、楽しみだな! カップ麺かパンでももらえれば御の字と思っていたが、ねえさんはボランティアが好きなのか?」

「たんなる気まぐれです」

「そうか、ついでに、わしをここで雇わんか?」


「雇う!? ここで?」

 冬子は整体の店をやっていた。

 小さな店なのでひとりでやっていたが、従業員を雇うにしてもホームレスの老人では話にならない。

「あなたは、整体師なんですか?」

「いや、違う。整体はやったことはない」

「それでは、だめじゃないですか……」


「おまえ、導引使いだろ。ここは導引の匂いがプンプンするぞ。わしも導引使いだ。だからここに来たのだ」


「……ど、導引使い? 確かに、この店は整体なんですけど、実は導引を使っているんです。あなたも導引を使えるんですか?」

「わしは鉄拐仙人てっかいせんにんだ。導引も仙術も上手なもんだ」


「鉄拐仙人? あなたが、あの有名な鉄拐仙人なんですか?」


「まあ、自称だがな……」


 あっ、やっぱり違うんだ。

 まさか本物の鉄拐仙人がいるわけはないもんね。でも、導引は使えるのかな?


「冬子ちゃん、おまたせ! カレーライス大盛りとラーメン」

 はまこうの店主が出前を持ってきた。

「ありがとう」

 

「旨そうだな」

「どうぞ食べてください。自称鉄拐仙人さん」

「ふっ、自称はいらんがな、遠慮なくいただく」

 ガツガツと食べるかと思ったが、意外に綺麗な食べ方だった。

 しかし、自称鉄拐仙人は無精ヒゲを生やして前歯もない。


出汁だしが効いていて旨いな、和風のカレーライスもいいもんだ。ラーメンも煮干しで丁寧な作りだ。で、どうだ? 雇わんか?」


 このホームレス、自称鉄拐仙人を雇うかどうか? 悩む冬子だった。



 ❃


 鉄拐仙人は有名な仙人でボロを着た乞食の姿で描かれている。


 元々、鉄拐仙人は容姿端麗で立派な仙人だったが、肉体から魂だけを出して華山に太上老君を訪ねていると、弟子が鉄拐仙人が死んでしまったと思い肉体を焼いてしまった。

 魂が帰ってきたが戻るべき肉体がなくなっていて、仕方なく道端で餓死している乞食の屍に入った。

 以来、鉄拐仙人はびっこで醜い乞食姿となった。



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