第8話 焔の事件その2

 彼女の家から出て少し歩き、その先の人気のない公園を目指す。雑栗第二公園、そう書かれた看板に目をやる。現実は五時の半過ぎと言ったところ。カラフルな公園の錆や綻びが見えないほどには暗い。ここに来たのは一応理由があって、それは彼女の家に仕掛けたドローンの様子を確認するためである。ファミレスから出る際にエイムスから貰った鞄。あれには小型のドローンが内蔵されていて、画像認識で探し物を見つけてくれる優れものだ。一見無意味に思える先ほどの会話群も全てはコイツのための時間稼ぎだった(ちなみにこの公園に来たのは、ここがドローンの有効射程ギリギリの場所だからである)スマホでドローンの様子を確認する。ドローンのデータベースの中には聖遺物の画像が載っているらしく、発見次第スマホの通知で教えてくれる。大体二時間くらいで探索が完了するとエイムスは言っていたから、上手くいけばここで事件解決だが。

 ――テクノロジーへの期待と裏腹に未だに通知は無し。そりゃそうだよな。家にドローン置いただけで見つかるなら、みんなやっているもんな。ため息が出る。とりあえず、探索は切り上げて一旦こちらに戻ってくるように指示を出す。一応これでもレンタル品なのでエイムスに返さないといけないのだ。

 そんな風に帰る用意をしていると、おーい、と公園の入り口辺りから声が聞こえてくる。ライトの逆光で見えないが、あの声は大体――マコトだった。誰かと考える間もなく衝撃が走る。

「痛たた」頭を抱えるマコト。飛び掛かった時に僕の肘がクリーンヒットしたらしい。

「痛いと思うならやめればいいのに」と僕。なはは、と笑うマコト。

「ところでどうしてこんなとこに?」そういうお前はどうなんだよ、と聞かれる前に先手を打つ。

「まぁ、そこら辺を散歩をな」友達の買い物が終わったから、と付け加えて言う。マコトにしては微妙に歯切れが悪いが、モコモコとした見慣れない服を着ていることから、嘘ではないのだろう。とりあえず、ふーん、と適当な相槌を打つ。

「そういえば、あの絵画についてはどうなったんだよ」何かに焦ったようにマコトが聞いてくる。マコトへの返答に僕は一瞬ちょっと考える。こんなこと伝えてもいいものか。学校の火事と僕の推しには関連がある、とか、バチカンがそんな罰当たりな聖人を成敗しに来た、とか。何より――いろいろ悩んだ末、結局はぐらかすことにした。

「それよりさ、この公園懐かしくないか。よく家族ぐるみで遊びに行ったよな」ん、ああそうだな、とマコト。絵画のことを割と楽しみにしてたっぽいので申し訳ない。こういう事件に巻き込むわけにはいかないのだ。それは友として、幼馴染として、それに僕のポリシーとしても。

「ほら、あそこの砂山でさ、よく僕たち兄妹とそっちの兄妹で建築合戦をし合ったじゃないか」「ああ、うん」とマコト。さっきから曖昧な返事ばかりしている。

「もしかして家族となんかあったか? こないだの海外旅行とかでさ」

「いや別に。特には何も」きっぱりと言う。

「そうか。それならそれでいいんだが」マコトがそう言うならそうかもしれない。 マコトの方を向くと、マコトと目が合う。目。大きく黒い瞳。ふと思いついて口に出そうとする。

「そういや最近お前の妹さ」「獅童 はさ、カミサマについてさ、どう思う?」が、マコトの声にさえぎられてしまった。

「カミサマ? 急に何の話?」

「ただの雑談だよ。実際どう思うのかってこと」こちらをじっと見て、そう言う。茶化して笑いかけても、アイツはにこりともしない。僕は少し考えて、こう答える。

「みんなのアイドル、とか?」

「あはは、偶像という意味ではそうかもね」マコトはなぜかホッとしたようで顔を崩して笑う。

「なんかお前が考えているのとは違いそうだな」

「うん、俺が思うのはさ、カミサマってのはきっとみんなの言い訳なんだよ。迷っちゃって、決められなくて、どうしようもなくて、いつも誰かのせいにする。そんな人たちの逃げどころだ。誰も知らないから、誰も会ったことがないから、みんながみんな好き勝手書き込める。その人の前ではどんな自由にだってなれる。吐き出された罪の色も知らないで」

「なぁ、マコト」心配して顔を見れば、その真っ黒な瞳は歪なくらいに赤い。頬は紅潮し、目に浮かぶ涙を蒸発せんとする暑さである。ただならぬ雰囲気を感じてマコトの肩を掴んで揺さぶる。返事はない。顔を近づけると、何か小さい声でブツブツ言っている。必死で呼びかける。

 ――そしてまた炎が上がる。余人を粛正する『奇跡』の炎が。

「なぁ、マコト」「なぁ、おい」「おいったら」マコトの両腕が燃え上がっているのに、僕はマコトを掴む手を離さない。なぁお前が燃えてしまうのかよ。マコト。確かに僕がAZの話をするといつも嫌そうな顔をしていたけどさ。その程度なんだよ。本当にその程度。この前燃えた豚野郎とかとはわけが違うんだ。アンチでも何でもない。本当に関係ない人間なんだ。僕の初めて出来た友達で、いいやつで――公園の水場が目に入る。こいつで炎を消化すれば。

「待っていろ! 今火を消してやるからな」僕は背を向けて水場へと駆け出す。蛇口を捻り、水を出す。砂場にバケツが放置されていて本当に良かった――よし、今行くぞ。バケツの水が満杯になるまで注ぎ、急いで振り返る。でもその頃にはただ一筋の煙だけが、そこにあったんだ。


 叫んで、吠えて、否泣いて。ただ人のあった空間を確かめるように、マコトのいた地面を掻きむしる。両手は癒えず、機能すら怪しい、火傷のままで。ただ地面に打ちつけ、引き裂き、流れる血液で自分を罰する――救えなかった。ただその思いが僕の中を満たして汚す。AZを救ってあげられると勘違いしていた。そんなものは冤罪だって、偽りだって。もしくは心の中で彼女の罪を許していた。アンチなんて死んでも構わない人間なんだ、殺していたって罪にはならない。そんな風に。

『悪いヤツだったからぶっとばしたんだよ』いつしかマコトが街中で不良に絡まれていた僕を助けた時にそう言ってたっけ。あの時の不良は確かに悪いやつだった。他人様の物を恐喝して盗ろうってんだから、それは弁明の仕様がない。それでも、いつも助けられる度に思うんだ。お前の「正義」はいったい誰のためのものなのか、って。そのための「悪」はいったいどこの誰なんだ、って――この事件も同じだ。AZ、君が燃やすアンチは、君が手を汚してまで粛正すべき「悪」なのか。本当に君が願っていたものは何か別のもので、それを悪い大人に、利用されているだけなんじゃないか、って。勿論、あくまで、これは僕の予想で、僕の願いでしかない。親友を亡くした手前でそれを願うのは、夢想家のすることかもしれないけど。

 思い立って、僕は残された地面にただ血潮をぶちまける。それが煙になったマコトへのただ一つの花向けだと言わんばかりに――ここからが最終編。物語は最後の最後に流転する。


 

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