第7話 家凸観察

 紹介された場所は、ファミレスから二駅行った先の住宅街の真ん中にあった。キノコみたいな屋根の白い一軒家。どこまで言っても平凡な家で壁の塗装が少し剝がれかかっているのが目につく。ここにAZアンが住んでいる。正確にはその中身か。そっと呼び鈴を鳴らす。しかし、甲高い電子音とは裏腹に静寂が鳴り響くのみである……返事がない。家の中を覗くと電気がほんのりついていることからどうやら居留守を使ってるみたいだ。

「こじ開けるかー」そうひとりごちたところで。ガチャ。扉が開いた。中から長い黒髪だけが顔を覗かせる。顔は依然扉の中。ドアを開けたまま呆然とする僕を訝しんで黒髪が尋ねる。

「どなたですか」高く透き通った声、聴くものが聞けばロリ声だと受け取られかねないのに、その声色は酷く大人びている。まるで富士山とその樹海のようなギャップの差。それにやられて

「あ、えっと、税務署のものです」ととっさに噓をつく。声も上ずっている。向こうも依然怪しむばかりでこちらを見ている。だから、何? みたいな感じで。だから、またとっさに

「確定申告の記入のほど、ご確認に参りました」と嘘をつく。多分そんな風に回ってないと思う。年末だし、という感じで許されたい。しばらく経って扉が大きく開く。

「いらっしゃい。中で話を聞きます」髪の中から覗くその黒い瞳が僕を誘う。久しぶり、という感じで。


 

 案内されたリビングには簡素な長机と型落ちのテレビが一つ。向かい側に少女。こちら側に僕という感じでお互い誕生日席に腰掛ける。さっきは暗くて見えなかったが、明るい部屋で見る彼女は実に綺麗だった。年齢はおよそ中学生くらい。身長が低く、声から受け取る印象に反し、随分病弱な印象を受ける。僕はその場に持っていたカバンを置き、それで話をする。税務署の職員という設定だから、確定申告の話とか、そう言う話をした。話と言ってもこちらが一方的に喋っていただけで、本人は赤べこのように首を振っているだけだ。こちらが何を話そうが「そうなんですか」や「分かりました」ぐらいしか返さない。言ってしまえば機械のような、こちらの会話のタイミングを読んでるだけのBOTみたいな、そんな印象を受ける。声はもちろんAZそのままなのだけれど。

「あの」と会話を切り出す。もちろん情報を引き出すために。下心はないではないが自重。

「ちなみにお仕事の方は何をされてらっしゃるのですか」それを聞いて目の前の女は少し困ったような仕草をする。会話して初めての感情表現である。

「動画の、配信の仕事をしています」彼女は震えながらそう答える。案外正直に言うものなのだな。どの程度話すかわからないけど。僕はすごいですねと月並みな反応をしながら問いかける。

「随分大変そうなお仕事ですけど、いつもお一人で?」

「そう、ですね」少し考える素振りをしてから言う。

「基本的には一人で、イラストの方はオーキスさんという方がやってくれてて、配信管理とかは有志の皆さんが自主的にやってくれているみたいです。私はいつも結果くらいしか見てないですけど」

 そうかAZの立ち絵は人気イラストレーターのオーキスさんだったか。いろんなVの立ち絵を描いているあの。事務所勤めでもないウチによくやってくれたもんだ。正直褒めたい。

「ひとつお尋ねしたいのですが」いいですけど、と黒髪。

「配信業務というのは何かと騒音とかの問題をですね、ご家族や近隣住民の方にしてきされやすいものですけど、あなたはこの広い家に一人でお住まいに?」

「はい、昔は姉がいました今は一人暮らしです。それが何か」黒髪の女は淡々とした口調に戻って、そう言う。懐かしいその黒い、目。目。合わせたら言えなくなる。

「いや、ね」躊躇ってしまう。彼女にこんなこと言っていいのか、とか。無論返ってくる反応を予想しているからこそ、言っても無駄だってわかるのだけど。だから少し誤魔化すんだ。

「最近火事が多いじゃないですか。ご家族かいらっしゃるなら安心なんですけどね」彼女を見る。火という言葉に反応してる様子はない。さっきまでと同じ表情しか見せない。虚無でしか感情を表現できないみたいに。僕のカマかけに、彼女はそうですか、と淡々と言って、

「火をつけられて困るような感じではないので大丈夫ですよ」そう自虐的に返す。僕は、いえいえそんな、って、他愛のない会話をしてそれで終わり。玄関先で見送りになる。


 実のところあまり収穫はなかった。だから最後に起こしたこの行動も、ちょっといい思いをしたい、そんな風に挨拶がてらに手を取ろうという気の迷いだったんだ。そして、

「冷たっ」慌てて手を離す。南極から直接氷を持ってきたような冷たさ。冬の季節だからというのもあるが、それでも家の中は暖房がついていたはずだし、こんな血の通わない冷たさになることは難しいと思うが。感触もどちらかというと、非生物のような無機質なもの近い。もしかして、これは――あの、と彼女の目線にあてられる。気づくと僕は彼女の手をにぎにぎと触っていた。

「うわお」慌てて取り繕う。彼女からは特に言うことはない。相変わらず冷たい視線。

「それじゃ、困ったら市役所に連絡お願いしますー」その場で考えた出来合いの別れで僕は逃げるように「AZ」の家を後にする。実にみっともなく、情けない、ただお喋りを交わすだけの無意味な時よ。彼女は立ち去る僕の背中を見て、そんな風に思ったかもしれない。でもそんな僕にこんな僕だからこそ、あの別れ際に彼女は何か言った気がしたんだ。『姉を助けてあげて』って。


 

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