第3話 奇妙なスパチャ
祭りがひと段落したころ、それでは、と彼女が咳払いして。
「コホン、じゃあいつも通りニュースキャスターAZの近辺コーナー始めたいと思います!」やっと本題みたいなコーナーが始まった。僕はデスクの脇から朝食のパンを取り出す。このコーナーは
「お天気マスター私によると~今日の降水確率は0パーセント!日本中どこでもこんな感じですからねー 最近火事がよく起きてるっぽいので、カラカラボディに火が着かないように、要チェックです!」とさっきAZが言ったように、今日の天気予報までしてくれる。とくに最近始めたお天気コーナーはテレビなんかよりも当たるから不思議だ。いろんな報道を比べてみてるのかもしれないが。僕はこのニュースコーナーを朝食と一緒に見るのが日課であり、日々の癒しでもある。しかし、このコーナーが雑談の性質を持つ以上、コメント欄に多くの意志が飛び交い、結果として、僕のモデレーターとしての仕事が増える。多少は投稿前にサービスAIが検閲するものの、やはりどうしてもすり抜けるものは、すり抜ける。ある時、僕が深夜配信でウトウトしていたとき、一つの中傷コメントが僕らの監視をすり抜けて、AZの目に留まったことがあった。その時彼女が見せたのは、またか、と思ってるような失望の顔。悲しみでも怒りでもない、人間を全て見通したようなあの表情。その後すぐに彼女は元の配信に戻ったけれど――あの時、一瞬だけ見せた彼女の表情は忘れられない。信者として、ファンとして、一人の人間として、女の子にあんな顔はさせちゃいけない。だから、僕らモデレーターとしては、この配信時間はやすらぎの時間であると共に、ストレスを伴う戦いの時間でもあるのだ。しかし楽しんでやる苦労は苦痛を癒すものだ。この心労こそが、僕の人生にメリハリを与えていることもまた事実といえよう。
今日も今日とて彼女のニュースは抜群で、コメント欄が沸き立った。フランスのどこかで、時代ハズレの怪盗が現れたとか、受験シーズンへの応援メッセージとか、ちょっと陰謀論じみた他愛もないお話だとか、あるいは、話題が逸れて最近ハマってる絵師さんの話とか、で。AZが幕間のカーテンコールを告げる。
「それではみなさん、朝の配信はこの辺で! またお昼にお会いしましょう。グバグバ!」
『さよならー』
『おつおつ』
配信終了とともに、さよならスパチャが流れる。直接取り上げてもらえるわけでもないのに、同志同胞諸君のスパチャでコメント欄が埋め尽くされるのは、他の配信を見る機会があると何とも異様な光景だ。これもAZの魅力が成せる業なんだよなぁ。
そうして、ニコニコとコメント欄を眺めていると、一つの奇妙なスパチャが流れて行った。何かのイラストのようだったが、そうでもないようにも見えた。どうにも気になる。僕はコメント欄を遡り、件のスパチャを発見する。だが実際に見たそれは鏡の世界に映るAZを映した、何とも言えぬ絵画だった。どちらかと言うと、ただ何かを伝えるための画像という感じ。AZが3つの世界を冒険している様を写し出したその絵は、中世絵画と言えば中世のように見えるし、イラストです、と言われれば現代のアニメティックなイラストのようにも見える。画風がブレるというか、意図的にブラしているのか。そんな感じ。どっちかというと、そういうのよりはネットでよく見かけるような画像コラという方に近いのかもしれない。AZの周りに展開している不思議の国の世界にあまり馴染まない形で、割に無秩序なモチーフのオブジェが存在している。まぁ仮にこの絵がコラ画像だとしても作者はこの絵を使って一体何がしたいのだろう。モデレーターとして考えるなら、この絵は単純に荒らしの一種だと思うだろう。意味不明だったり、卑猥なイラストを送りつけたりして配信を荒らす、というのは他所でも行われることが多い。むしろ日常茶飯事。そう考えるにしても、だが問題はこの絵が送られてきたタイミングなんだ。荒らしの気持ちなど考えたくもないことだが、普通、彼らは配信者を困らせたかったり、視聴者を煽ってコメント欄を炎上させたかったりする目的があって、配信の真っ最中に送ったりするものだが、こいつは配信の終わったタイミング、それもAZがいなくなった直後にこの絵を投稿してきている。まるで狙いすましたように(……狙いをすます、狙いをつける。一体何に?)やめよう、考えすぎだ。こんな謎のコメントに時間使うことはない。同じだけの思考時間を使うなら、もっと生産的なことに割いた方がいい……でもなんか気になるんだ。どこかで何かを求めているような、誰かにきっと助けを求めるみたいに。それこそAZのために。
熱を持った頭を冷ましつつ、階下へと向かう。妹は、もう登校したようで、食器だったものが食洗機の上に転がっていた。結局あれ以上考えても何も浮かんでくるものはなかった。やっぱりあれは不健康がもたらした、ひと時の気の迷いだったのかもしれない。ぼんやりと考えながら制服を着替える。AZのことを考える、いつものようではなく、あの絵のことを。コラ画像だから何だというのか、絵画だから何だというのか。どうにもこうにもならないというのに。いや! それでも絵としてのカタチ、画像としての目的、この二つの共通点を考えるなら――
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