第2話 配信者「鏡AZ」

 薄々感づいていた人もいるかもしれないが、僕の「祈り」とは身も蓋もない言い方をすれば、このVirtual配信者「鏡AZかがみアン」の動画配信のことだ。さっきまでの僕の情動をみて、何かヤバい配信なのかと勘違いした人もいるかもしれないが。それでも、彼女の動画配信そのものに、何か麻薬的な成分が含まれているとか、特殊な催眠光線を発しているとかの特別性はない……麻薬的魅力があるのは認めるが。そもそも通信速度が光の速さを越えることはない以上、フィクションに出てくるヴァーチャルドラッグみたいな、そこまでの大容量の情報を送れないのが実のところだ。5Gの時代と比べて進化しているとしたら、あらゆるサービスで視聴者が画像や音楽を配信に普通にコメントできるくらいのもの。ちなみに洗脳光線の方は配信サービス側で自動検知される。そうでなくて、僕が彼女に心底惚れ込んでしまったのは、むしろ旧時代のものである、彼女のカリスマ性のせいだ。人数が少ないとは言え、僕たち視聴者を全員覚えてくれている、この有難さ。心無いコメントにも愚痴を吐かない、あの芯の強さ。いつも僕たちを心から楽しませてくれる、あの純真さ。この配信が映し出すありとあらゆる彼女の姿が、この虚実でまみれたインターネットの世界にただ一つの真実があることを示してくれている。故に僕は彼女の配信を「祈り」と表すのだ。アーメン。

 それとあと一つ。これは物凄く誇らしいことで、僕の彼女への崇拝をより一層強めた理由となるものだが、僕はなんと彼女直々に、配信のモデレーターに選ばれたのである!モデレーターとは、配信者の護衛役である。主な仕事として、コメントに流れる荒らしを配信から弾き出したりする。大手の方だと何十人も抱えたりするものだが、本当に信頼できる人しか選ばないという彼女のポリシーから、配信では僕を含めて二人しかいない。正直、任されていることの荷が重いが、その大変さよりも彼女に選ばれた、という喜びの方が大きい。最古参だからもしや、との思いはあったが、実際にこうして彼女の慈愛に触れるとかなりクるものがある。まさに、「最高峰から僕みたいな最低辺全てと繋がる」そのコピーに恥じぬ感動。もう一人の方もきっと同じ気持ちだろう。

「おはようございます。いつも配信ありがとうございます。貴方の配信が僕の生きる糧です。」赤いスパチャを送る。

「いえいえ!いつもお世話になってるのはこちらの方です~」そんなご丁寧に、と少し照れた様子だ。

『照れ声たすかる』

『ぽれも挨拶してほしい』コメントの同志諸君も実に楽しそうな様子である。

「おおさんも、ぺりさんも、さっき挨拶したばっかじゃないですか もう、おはようございます!」

『え、いいな』

『俺も挨拶』同様のスパが色とりどりに流れる。

「ええっー こんな挨拶でみなさん大袈裟な〜」

 彼女はコメント欄の挨拶要請と赤スパの乱舞にひとしきり驚いたのち、ポリポリと頬をかき、少し投げやり気味で

「しょうがないですね。おはようございます!OOさん」と配信はコメント欄全員の名前を呼ぶ挨拶祭りとなった。こりゃしばらく続きそうだ。


 

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