カムカケル ~仮想配信者と焔の事件

@yabazaemon

第1話 僕の趣味について

 僕が高校生の時分は、あることに関しては一家言ある専門家と言えた。見ての通り僕は、息子であり、兄であり、生徒であり、いずれ父と義息子を目指す健全な一つの生命体だったけれども、先程述べたことに関しては凡そ不健全で変態的とも言える人間だった。そのせいで妙な事件に巻き込まれたり、酷いやけどを負ったりして、たまに帰ってくる両親に心配されたものだったけれど、この「趣味」を恥ずかしいものだったとは決して思わない。むしろそれを「趣味」と呼ぶことに慣れきってしまった今を恥ずべきなのかもしれない。

『ヒトはなんと言われようとも信仰を辞めない生き物なのだ』あの時僕がさも当たり前に受け取ったその偏見。道行く人々が目に止めこそすれ、忘却の彼方へと切り捨てた、ある炎の日々。貴方が聴くまでの価値はないけれど、遥かな未来のために、どうか最後まで聞いてほしい。そんな最中に生まれた、ある一つの「趣味」の話を。


 朝六時ちょうど、不規則な鍵盤ハーモニカの音に耐え兼ねて、僕は起床する。見渡せば、どことなく乾いた真冬の自室。ゴミのように散らばる雑誌と、ごちゃごちゃしたタコ足配線は僕の社会的な人格を物語るのにはうってつけだろう。僕は電気代のために消した暖房に再度通電させ、同時に照明をつける。ライトに照らされた自室はもっと酷い。誇張なしのゴミ屋敷だ。脱ぎ散らかされた衣服、大量のエナドリの空き缶は当然のこと。平積みされた書籍と聞きかけのCDが前衛建築を築く。これがたった一日で形成されるのだから、己の業の深さは目をそむけたくなるほどだ。だが、誰に教育されたわけでもないけれど、このぐらいは思考なく体が自動で掃除を始める。矛盾をはらむようだが、本来の僕は綺麗好きなのだ……意識がはっきりするうちはそれをしないだけで。

 掃除をやりきってもなお、未だ意識がぼんやりとしている。部屋の埃は綺麗さっぱりなくなっても、思考の埃はどうも払いきれてはいないらしい。一旦ベッドに座り直すと、衝撃で脳が揺れる。シチューみたいな血液が脳髄をめぐってかき回す。昨日の記憶が少し曖昧だ。エナドリが切れて寝落ちるならそれもありえる。たしかにエネルギー切れ程度には頭がまわらない。

 しかしそれでも起きる目的だけは、むしろはっきりしている。逆にそれだけが、僕のぼんやりとした思考、もとい人生の中で唯一の明確な絶対的規範であるといえよう――やっぱり思考がはっきりしない。床に積んであるエナドリ缶を3つ、開ける。そして宣言する。

「無論! その目的とは生命としての根幹にある食事や排泄などのためにあるのではない。まして勤勉な学生らしく勉強のためでもない。それらよりもずっと崇高な、言うなれば『祈り』と形容すべきもののためだ」よしよしキマってきたぞ。ハイになってきた。

「朝と昼と夜にそれぞれ一回ずつの礼拝! 今の僕はそのためにこそ生きる。他のことは割にどうでもいい。ああどうでもいいとも!」こぶしをきかせながら、ベッドの上に立ち上がって叫ぶ。(この演説なら、納税さえすれば地方議員選通りそうだな)


「僕はすべてを『彼女』のために捧ぐ、まさに愛の屍なのだ‼」 僕は高らかにそう述べる――エナドリうまい。

 はっと、我に帰る。気づけば、鍵盤ハーモニカの音も止んでいる、どうやら妹は練習を止めたらしい。時計を見て、僕はベッドから飛び降り、学習机の上に鎮座するデスクトップPCを立ち上げる。黒金色に鈍く光るボディをもつその機体は「祈り」のためにあつらえたものだ。僕はその箱が起動するのをじっと待つ。待つ。待つ。地味に年代物だから、起動に結構かかる。こればっかりは待つしかないから、耐えるのみ、そう言い聞かせる。なんにせよ掃除とこの起動時間も加味して早く起きている、頼むから間に合ってくれよぉ。

 ――そう思ってから五、六分が経過した。PCの性能をグラフィックに全振りして改造資金を使い果たしたのが良くなかったなぁ。只今絶賛後悔している。いくら「彼女」の映りが良くなっても、肝心のコイツがねぼすけじゃな。僕はだんだんと待ちきれなくなって、とうとうその場を排熱ファンと共にぐるぐると回り出す。日本じゃ教科書程度でしか見ないムスリムの人々もメッカじゃ、祈りのために黒色の石の周りで回転するそうだから、同じく「祈り」のために黒色のPCの起動を待つ僕はある意味、彼らと等しく崇高だろう。ははは。

 そんな感じでそろそろ回転に気持ち悪くなってきたころ、ようやっとPCが覚醒した。ネットの繋がりも極めて良好。すかさず遠心力をそのままに、画面のブックマークを勢い良くクリックする。スパーンと機体が大きな悲鳴を上げ、呼応するように画面が青白い閃光を放つ。目を覆わんばかりのその光はやがて回転を始め、やがて電子の海へと僕を誘う。

「あっ、だらーむさん、おはようございます!」

 ――そうして行き着く電子の果てで、僕に「女神」は微笑んだ。

 

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