第15話 王都に戻る
ヒューバートと食事をする日の朝、ミロが二つの箱をもって店に来た。
そして一つをパーシヴァルに、もう一つをアリシアに渡す。
「何だろう?」
行儀よくアリシアの「開けてみたら?」という許しを待って箱を開けたパーシヴァルは、好奇心と興奮の混じった目でルビーと思わしき石でできたカフスボタンを見つめる。
「お母さんのは?」
早くと急かすパーシヴァルに苦笑しながら、アリシアは高級感の漂うベルベットの箱を開ける。
中にはネックレスとイヤリングが入っていた。
「侯爵様の目と同じ赤色だね」
カフスボタンと同じ石かと思ったが、箱を動かして当たる光の角度を変えると桃色から深紅に色を変えるその石はパーシヴァルが言うようにヒューバートの目を連想させた。
「男の人が女の人に自分の色を贈るのって、『ぷれいぼーい』なんでしょ?」
「ブフォッ」
ヒューバートをプレイボーイだと言い切ったパーシヴァルに、アリシアは笑いを堪えたが、堪えきれなかったミロは吹き出した。アリシアはミロのほうを見ないようにした。
「ヴァル、『プレイボーイ』なんて言葉をどうして知っているの?」
「女の子たちが言っていたの。『プレイボーイなワルな男の子がいい』って。それじゃあ、侯爵様は『ぷれいぼーい』で『わる』なんだね」
一人納得するパーシヴァルにアリシアが何も言えなかった。
「でも、『わる』ってどういう意味?」
意味を分からず言っていたことにアリシアはいささか安堵し、パーシヴァルに「他の人の前ではそういうことを言わないように」と釘をしっかりさしておく。
「最近の女の子は大人みたいなことを言うのね」
「えー、僕のほうが背は高いよ?」
『大人=背が高い』と思っているパーシヴァルの頬をアリシアは優しく突いた。
***
「ご招待ありがとうございます」
「来てくれてありがとう。その、君も」
ヒューバートの視線を受けたパーシヴァルはにこりと笑った。
「こんにちは」
「ああ、こんにちは」
「ここは魚料理が美味しいですよ。魚は好きですか? 肉とどっちが好きですか?」
「肉より魚が好きだな。肉料理も美味しいときいているから、好きなものを注文してほしい」
ヒューバートに引いてもらったイスにアリシアが座ると、控えていた騎士がそっとアリシアに近づいてきて「一時間近くここでお待ちでした」と教えてくれた。
吃驚してアリシアが彼を見ると、「ご招待に応じてくれたのが夢のようだと」と追加情報までくれた。
デザートまでしっかり食べたパーシヴァルをミロが散歩に連れ出してくれた。
子どもには聞かれたくない話なのだろうと察したアリシアはそれを止めることなく、先ほどまでヒューバートを質問攻めにしていたように、今度はミロを質問攻めにするパーシヴァルの後ろ姿をアリシアは苦笑しながら見送った。
食後の紅茶が置かれ、アリシアが砂糖を一つ入れたところでヒューバートが口を開いた。
「コールドウェル子爵が亡くなったことは?」
「二カ月ほど前に新聞で知りました……獄中死だったとか」
「子爵が領地を返上したため、この領地は王家の属領地となった。領都にある本邸は領官たちの詰め所となっていて、そこ以外のコールドウェル子爵家の資産は全て売りに出された」
そのことは領官からの手紙で知っていた。
子爵と夫人の金遣いはもともと荒く、アリシアと領官たちが頭を捻って何とか黒字にしていた。アリシアが手を引き、領官たちも領民以外を守らなくなればコールドウェル子爵家はヒューバートに根こそぎ食い荒らされるであろうことはアリシアにも分かっていた。。
(一応、形としては子爵が領地を返上したことになっているけれど)
形式的には子爵が領地を返上したことになっているが、実際は貴族税も払えない子爵が貴族のままでいられる代わりに、国王が国に領地を返上するように王家が命令した形だったというようなものだった。
子爵は領地を返上しても先祖から引き継いだ資産があるから金には困らないと思ったようだったが、その資産は全て国王から提示された領への賠償金の支払いに充てられ、子爵は無一文となった。子爵家のために働かなかっただけで、優秀な領官たちに守られていた領地は傷ひとつない状態で王家の属領になった。
歴代の子爵の知恵が詰まった肥沃な土地、散財する者がいなくなれば毎年の決算は黒字続きで王家としても文句はなかったという。
「領地が王家に返上され、子爵子爵はその後に色々罪が見つかって逮捕されたわけだが、ひとつ問題が起きた。これは領官たちも王都にいる子爵の資産管理人も知らなかったことだが、子爵は王の許可をとらずに領地を担保にして借金をしていたんだ」
「そんな!」
領地は貴族のものではなく、国のものを王家に代わって管理しているだけ。
領地を担保に金を借りると言うことは、自分のものではないものを勝手に売る行為に等しい。それを国内はもちろん国外の銀行だって知っていて、まともな銀行ならばそんな取引には決して応じない。
違法であることを承知で、つまりその後は犯罪行為で貸した金を回収するつもりだった者など限られている。
「お金を貸したのは銀行ではないということですね」
アリシアの言葉にヒューバートが重々しく頷く。
「この件は子爵の数ある罪のひとつとなったが、困ったことに取引は無効にできなかった。いや、正確には契約は白紙化して無効になったのだが、金を貸したほうはそれで納得をしなかったというわけだ。奴らは子爵に代わって金を返してくれる相手を探している」
子爵に最も近しい者、それは妻であると子であるアリシアのみ。
「奥様は?」
「彼女は子爵が金を借りる前に離縁していると主張した。実際にそれより前の日付で離縁届が提出されていたが、その正当性はやや怪しい。そして元夫人はそれを分かっていたのだろう、彼女は君のことを彼らにリークした。君がこの街にいるかもしれないという情報も合わせて」
「そんな……」
もうすっかり過去のことだった子爵家の問題が急に降ってわいたこと、しかも自分やパーシヴァルの身に危険があるという事態にアリシアは途方に暮れた。
身を隠す手段がないことはないが、一生逃げ続けるのは現実的ではない。
「何人か、こちらで掴めた奴らは適当な罪で捕らえることができたが、全体が把握できていないし数人は取りこぼしていると思う。それでだ、身の安全は別に必要だがまずは彼らが君に借金の取り立てをする口実をなくすべきだと思う。子爵と縁を切るんだ」
「それができればよいですが、子爵はすでに亡くなっております。そもそも子爵がお金を借りたあとに縁を切っても、私に返済義務は残ると主張されてしまいますわ」
アリシアの言葉をヒューバートは首を横に振って否定する。
「元夫人のことでわかるだろうが、日付などどうにでもなる。君が姿を消したことでレイナードから金を搾り取れなくなったことに子爵が怒って君を籍から抜いたというそれっぽい言い訳も作れる。つまり君次第なのだが、ただその前に確認しておきたいことがある」
ヒューバートの言葉を察していたアリシアは頷いた。
「私がコールドウェル子爵家の籍から抜けることで継嗣がいなくなり、『継嗣なし』でコールドウェル子爵家がなくなることですね」
「……その通りだ」
言いにくそうなヒューバートにアリシアは苦笑する。
「それなら問題ありません。言ったではありませんか、私は子爵家の全てに興味はないと」
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