第14話 縁は繋がる

 ルークの助言に従い、店に戻ってきたアリシアたちに「仕事がある」と言いわけしたヒューバートは早々に店を出た。


 馬車に乗り込むときに街の住民の視線が突き刺さる。

 好奇心と詮索が透けて見える彼らの視線にヒューバートは苦い思いを噛み殺す。


 ルークに勧められた元マナーハウスのホテルは街を出た先にある丘を登ったところにあった。

 百年以上前に当時の領主が建てた砦のような屋敷は、この地方で災害が起きたときに対策部隊が置かれるようになっていたとのこと。



「街を見下ろせる作りになっておりますよ」


 街の者と違って詮索など一切ない職務に徹する目をした宿の者の案内を受ける。

 窓から見えるアリシアたちの暮らす街は、塀に囲まれた箱庭のようだった。


(街の者にとっては居心地が良くても、『よそ者』には息苦しいな)



「旦那様、暗くなってきますので部屋の中にお入りください」


 小さな町の中にいるアリシアたちを思っていたヒューバートは、護衛騎士たちを束ねる隊長の言葉に素直にうなずき部屋に入る。商会は大きくなり、侯爵位も継いで資金や権力が増大したが、それと同時に不自由も増えた。


「アリシアたちに警護をつけたか?」

「面が割れてないほうがよいと思い、遅れて着いた者たちが常に二名ずつ、三交代で警護にあたっています」

「金は出すから、交代を終えた者たちには美味いものを食べさせてやってくれ」


 ヒューバートの言葉に喜びながら隊長が退室しようとしたとき、彼は入口のクローバーの鉢植えに気がついた。


「クローバーはそこかしこで見かけますが、こうして飾るのも素朴でいいものですね」

「そうだな……シロツメクサの花言葉を知っているか?」

「確か『約束』、ですよね」


 自分で聞いておいてなんだが、花言葉を答えた護衛隊長にヒューバートは意外なものを見るような目を向けてしまった。


「……うちの妻が花言葉とかを好きで」

「なるほど」


 照れた顔を隠すかのように急いで退室する護衛隊長の背中を見送りながら、気まずい思いをさせてしまったと思いながらヒューバートはシロツメクサの鉢植えに視線を戻す。


「うちの妻、か」


 ヒューバートのため息とともに囁かれた言葉に、クローバーの緑が揺れる。

 うちの妻、これは妻帯者が自分の妻をさすときによく使う言葉で、いままで自然と聞き流していたが今日はやけに耳についた。そう言える彼らが羨ましかったのだ。


「たった七日の結婚で何を言っているんだか、俺は」


 自嘲するヒューバートの頭の中にシロツメクサのもう一つの花言葉である『復讐』という文字が浮かんだ。


(復讐、か)


 思い返せば、学院時代からずっとヒューバートが抱き続けたものは復讐心だった。

 自分を売った父親への復讐、自分を買ったコールドウェル子爵への復讐、自分を『ハズレ』と貶めた学院の生徒たちへの復讐。


 ヒューバートが学院を卒業すると再びアリシアと茶を飲む機会ができたが、復讐心でいっぱいだったヒューバートはアリシアをろくに見ることもせず、アリシアの背後にいる子爵だけを見ていた。


 アリシアが淹れてくれた紅茶を飲み「美味しいです」とそつのない感想を述べながら、その後アリシアが語る結婚の準備の話を右から左へと流す。同意を求められれば「いいですね」と返し、質問をされれば「ご令嬢に全てお任せします」と顔に笑顔を張り付けて機械的に返していた。


 そんなヒューバートに当時のアリシアが何を感じていたのか。

 今ではもう分からないことだ。


「健やかなるときも、病めるときも、か……」


 今日ヒューバートは今まで知ろうとしなかったアリシアの色々な面を見た気がした。

 淑やかな見た目に反して肝が太く、どこか強かで、気も強い。


(そして商売も上手い)


 健やかなるときも病めるときも。結婚式で定番の約束が「アリシアとなら」と思わせる。たとえ明日無一文になっても彼女とならやっていける。アリシアなら、ヒューバートがヒューバートである限り、見る目を変えることなく自分の隣で一緒に頑張ってくれると思えた。


「そんな女性に惚れるのは当然だろう……身勝手は承知だが、あの日ちゃんと結婚しておいて本当に、本当に良かった」


 アリシアに苦労をかけてしまったことは申しわけないと思っている。

 哀しい想いをさせてしまったことを悔やむ気持ちもある。


 それでも首の皮一枚でつながっている縁。

 アリシアの最愛の息子の父親として、あの夜に結ばれた縁にヒューバートは感謝していた。


 ***


「侯爵様が、一緒にご飯を食べようだって」


 『どうする?』と言いながらも、行きたい気持ちが全然隠せていないパーシヴァルにアリシアは苦笑する。


「いいわよ、行きましょう」


 アリシアの言葉にパーシヴァルは目を輝かせ、手紙を持ってきたミロと名乗った騎士が渡した便箋に幼いながらもしっかりした文字で大きく「行きます」と書き、インクが乾く前に折ってミロが渡した封筒に入れる。


「あの宿の魚料理って美味しいけれど高いもんね」


 喜ぶパーシヴァルにアリシアは笑う。


「侯爵様よりも料理なの?」

「もちろん、侯爵様にも会いたいよ。何でここに来たのか聞かなくちゃ。お母さんも知りたいでしょう?」

「ヴァルに会いにきた以外の理由があるのかしら」


 パーシヴァルのこと以外に理由があるなど思っていないアリシアは首を傾げる。


「なんで僕に会いにきたの? 会ってどうするの? 侯爵様に僕しか子どもがいないのは分かったけれど、それって僕が跡取りにならなければいけないの?」

「なりたくなければならなくてもいいけれど、この先なりたくなるかもよ」


 パーシヴァルの将来の夢が短いスパンで変わることを想像しながらアリシアはそう言った。


「なりたくなったらなるよ。僕にはその権利があるんでしょ?」


 あっさりと言い切ったパーシヴァルにアリシアのほうが驚く。


 パーシヴァルの言う通り、ヒューバートの息子なのだから彼にはその権利があるし、アリシアもパーシヴァルがそれを望んだら戦う覚悟をしていた。

 周りからどんな謗りを受けようと、パーシヴァルをレイナード侯爵家の嫡出子にするために必要な手紙も書類も保管してある。


「いいキッカケじゃないかな。僕たち、ずっとここにいるわけじゃないでしょ?」

「……私の坊やは賢過ぎて困るわ」

「人生には冒険が必要だって本に書いてあったよ」

「男の子は頼もしいわ」


 パーシヴァルのいうとおり人生には冒険も必要であるが、パーシヴァルの冒険を望む気持ちのキッカケに『父親』があることがアリシアには複雑だった。まるで自分だけではパーシヴァルに不足だったというように感じられるからだ。


(目新しいだけだと思えればいいのだけれど)


 目新しさだけではないことを、これまでパーシヴァルと二人三脚で頑張ってきたアリシアには分かってしまう。

 

 パーシヴァルの世界はヒューバートが登場したことで大きくその可能性を広げた。

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