十二話 二人と一頭のキャラバン

 三つコブのラクダは全く抵抗することなく、むしろ自分から僕たちについてくる。


「いい子ね。私を怖がることもないし」


「相当な変わり者だな」


「何か言った?」


「いや、何も……」


 しかし、チューリピアが言っていたのは冗談でも何でもなく、大の本気だった。こいつに荷車なり何なりを引かせて、キャラバンを作るつもりらしい。


 街に戻ってすぐに、僕たちは荷車を買いに行った。荷車というのは、普段しょっちゅう見るようで、いざ買うとなるとなかなか見つかるものではない。それらしいものを探すのにも一苦労した。


 結局買ったのは、旅人の一行の荷物を積むような大きさの木製荷車、到底普通のキャラバンで使われているようなクオリティは無い。


「よしよし、これで一応形にはなったわね」


「本当か?」


 どう見てもショボい。これを見た他人が果たしてキャラバンだと思うのだろうか?


 だけどチューリピアは止まらない。そして、ラクダもラクダで、何の抵抗もなく縄をかけられて、荷車に繋がれてしまった。


「こいつ、本当に連れて行くの?」


「そりゃね。ここまで来たんだから。この子も嫌がってないでしょ?」


「そうだけど……」


「何が不満なのよ……ああ、確かにそうだったわね! 名前をまだ付けたことがなかったわ!」


 いや、そうじゃないんだけどな。まあ、こいつが逃げ出すまではいいか……


「何がいいかしら……そうね、『サタン丸一号』とかカッコよくていいんじゃないかしら?」


「……どうやったらそんな名前になるのさ」


「あれ? この名前かっこよくない?」


「全然」


 びっくりするくらいにセンスのない名前が飛び出してきたな。これは魔族のセンスなのか、それとも彼女自身のセンスなのか?


「……じゃ、じゃあ何がいいって言うのよ! 言ってみなさいよ!」


 チューリピアは、まくしたててくる。そんなこと言ったって、すぐに思いつくわけじゃないのに。


「もっと、ゆっくり考えてから決めよう」


 もっとも、ラクダ自身は自分につけられる名前なんて全く気にしていないようだったが。


 ラクダの名前を頭の片隅で考えながら、僕たちは申し訳程度の大きさのキャラバンを完成させるべく、買い出しに出ていた。


「何がいるの?」


「特別なものは要らないかな。商品を仕入れるのだって、旅先だ。強いて要るというのなら、旅の道具くらいだね」


「へえ、なんだかワクワクするわね。私、どこまで行ってしまえるのかしら? この砂漠の向こう? いや、あなたが居れば海の向こうだって行けるわね」


「チューリピア、本気なのか?」


「何が?」


「ずっと逃げ続けるっていうのがさ。どこかで帰るとか……」


「今のところは全く考えていないわね。本当に全く。それとも何? スペルあなた、私と一緒に旅に行くのが嫌になった?」


 彼女は咎めるような目つきで僕の顔を覗き込む。大きな紅色の瞳は目力がすごい。


「……」


 圧倒されて数秒間何も言えなくなってしまった。すると今度は


「ねえ……答えてよ、ねえ」


 泣きそうな表情に変わった! 僕の襟を両手で乱暴に掴んで、弱い力で揺すってくる。


「ああ、ちょっと待って! ごめん、ごめんってば」


「……」


「そんなつもりじゃない。嫌じゃないさ」


 この状況、自分の商店を放り出して出てきてしまったのは、よくないかもしれないが、自分自身今のこの状況を楽しんでいる。彼女だって、元々は僕が勝手にここまで連れてきたんだし、途中で放り出すこともできないしな。


「いや、君がいいならそれでいいんだ」


「本当? 本当よね? どこまでも一緒に行くのよ」


 そんな顔で言われてしまったら、もうどうのこうのと言えない。


「いいよ、いいから。その泣きそうな顔はやめてくれ……」


 と、言った瞬間だった。チューリピアは僕の言葉を聞くや否や、表情をころっと変えて、パッと明るい笑顔になった。


「言ったわね? 今確かに聞いたわよ? 取り消しなんてのは無しだからね?」


「へ?」


 謀られたのか? 彼女は僕から言質を取ったことに満足げで、ニヤニヤしている。こいつ、僕が思っているよりもずっと強かじゃないか!


「そうと決まれば、さっそく行きましょう! この街も素敵だけど、もっといろんなところを見てみたいわ。あなたも砂漠にずっといるのは辛そうだし」


 チューリピアはラクダを撫でながら、スタスタと歩いて行く。体が軽いからか、キビキビ歩いて行っても砂埃は大して立たない。


「もう行くの? 日が暮れてきてしまうよ?」


 時はすでに昼下がりだ。今から出ていけば、砂漠の真ん中で夜を迎えることになるだろう。


「いいわ。砂漠の夜も素敵よ? 今日は月が綺麗だろうし」


 彼女は透き通った青空を指さしてそう言った。


 街の人々は、さぞ変なものを見る目で僕たちを見送ったことだろう。踊り子の恰好をした、不思議な女の子が世にも珍しい三つコブのラクダを連れている。粗末な荷車をラクダに引かせて、僕とチューリピアが馬に乗って街から出ていく後姿は、違う絵本の適当なページを何枚か繋ぎ合わせたようなチグハグさがあるはずだ。

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ボロボロの美少女を拾ったら家出してきた魔王の娘で、即刻魔王に指名手配されるけど僕は世界で一番速いスピード魔法が使えるので捕まりません! 〜楽勝で逃げ切って姫と悠々旅していきます!〜 中島菘 @ryosuke1023

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