十話 キャラバン

 街の通りは人々で埋め尽くされ、そのそれぞれが色彩豊かな服を着ている。活気も湯気のように舞い上がり、上から見下ろす僕たちの頬まで赤くなってしまいそう。初めて万華鏡を覗く心地はきっとこのようだったろう。


 この様子を見ていたチューリピアのテンションが上がったことは言うまでもないだろう。たった今まで寝ぼけていたというのに、すっかり目を覚ましてしまい、窓の中の景色に見入っている。


「凄いわ! こんなに人間さんがいっぱい! ねえどうして? どうしてここにはこんなに沢山の人がいるの?」


「よく分からない。来たことないし」


 それこそ、あの雑貨屋の婆さんに聞いたのがこの街を知るきっかけだった。そうじゃなけりゃ、きっと知ることもなかっただろう。世界にはそう言った場所がまだまだ多くあることに気づかされる。


「なんだか、同じ人間さんでも随分違っているのね。ほら! あの人はスペルよりも断然色が白いよ!」


 僕が日に焼けているせいというのもあるけど、チューリピアが言っているあの人と僕との違いは、むしろ人種によるものだろうな。


「あの人はそもそも色が白く生まれてくるんだよ」


「スペルは違ったの?」


「うん。前はもうちょっとだけ白かったけど、それでもあれには遠く及ばない」


「あの人、どこから来たんだろうね?」


「さあ? もっと北からじゃないかな?」


 ナレディにはほとんど僕と同じ人種しかいないから、別の人種と会う機会はなかった。それなのに、この町には世界中から人間をちょっとずつ集めたんじゃないかと思ってしまうくらいに、様々な人種の人々が行き交っている。


「ねえ、ちょっと外に出てみましょうよ」


「そうだね」


 昨日は疲れ果てて、結局全く町を散策することなくこの宿に来て寝てしまっていた。



 町はすこぶる歩きづらい。人が多いというのもあるし、地面が砂になっている。ここは砂漠の真ん中にあるオアシスなのだから、ぶかぶかの砂地になっているのだ。人ごみをかいくぐりながら歩いていくと、道の端には露店が出てくるのだけど、王都とは違って、様々な言語で表記がある。


「すごいわ! 本当に世界中の人が来るのよ!」


「こうしてみると実感するよな」


 中には僕にも何が何だか分からない言語がある。そして時折、その言語と思われる声も聞こえてくる。町に漂う異国情緒の雰囲気にのまれつつあるなか、往来を大声が駆け抜けた。


「キャラバンが来たぞーー!!」


 その声を聞いた往来は、まるで示し合わせたかのように道の左右へとはけていく。


「え、え? どういうこと?」


「分からないけど、とりあえず周りに合わせておいた方がいい」


 僕たちも道の端っこに寄っておくと、やがて町の外の方に気配がした。かなりの大勢だ。


「「「おおおお!!」」」


 町の入り口のほうから歓声が上がった。なんだなんだと待っていると、歓声の波はだんだんと近づいてきて、ついに僕たちのところにまでやってくる。そしてそこで、町にやって来た「キャラバン」を目にすることができた!


 なんと優麗な眺めだろうか! 色鮮やかな品々を荷台に載せた荷車を一両一両、ラクダが引いてくる。それを御す人間たちの肌は赤く日に焼け、服は汚れているが、その表情の晴れやかさはとにかく際立っている。


「あの人たちはなんなの?」


 チューリピアが聞く。


「商人だよ。ああいうふうに隊商を組んで、旅をしながら商売をしていくのさ」


「それで、ここに立ち寄ったってこと?」


「その通りさ。そしてしばらくしたらまたどこか他のところに行ってしまうんだよ」


「なんだかロマンがあるわね。一つのところに留まらないっていうのは」


「君はそう思うよな」


「ねえ、もしかしてこのキャラバンっていうのが、私たちに向いているんじゃないの?」


 突然チューリピアがそんなことを言い出した。


「どういうこと?」


「だって、また父さまやドンファみたいな家来たちが追ってきたら私たちはまた逃げないといけない。ここだってずっといるわけにはいかないから、仕事にだって就けないわよ。でもキャラバンなら、逃げながらでもお金を稼ぐことができるわ!」


 ……なるほどな。いきなりだけど、なかなか理に適っている。確かに実際それが出来れば願ったり叶ったりだ。しかし……


「それっていきなり僕たちにできることか?」


 さっきのキャラバンの人達はみんな明らかに玄人だった。果たして僕たちがいきなり入り込めるような世界なのか?


「それはそうだけど……」


 他のキャラバンに入るわけにもいかない。もしもチューリピアの実家からまた追っ手が差し向けられたら、キャラバンの他のメンバーに迷惑が掛かってしまうかもしれない。


「いいじゃない。スペルだって今までお店やって来たんだから、その知識が使えるはずよ。私も手伝うし、二人だけのキャラバンでもいいんじゃない?」


 二人だけのキャラバン……なんかその響きいいな!


「ま、まあ、やるだけやってみるか……」


「よし! じゃあさっそく準備しましょ! ……あ、でも」


「……?」


「キャラバン作るのって、何がいるんだっけ?」

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