九話 西方浪漫
向こう、遥か先の地平線あたりに、揺らめく何かが見える。
「あれは何かしら?」
「あ、チューリピアにも見えてるんだ」
「見えてるわよ。なんだか光ってる」
「よかった、僕にだけ見える幻覚とかじゃなかった」
チューリピアの魔法のおかげで、僕の体調は随分と良くなっているけど、いろいろと刺激的な今の状況のせいで、完全にのぼせてしまっている。こんな状態の僕じゃ幻覚を見てもおかしくない。
「蜃気楼っていう可能性はあるわよ?」
「ともかく行ってみないと……」
蜃気楼とは違って、その水面が陽を反射したような光は消えることがなかった。初めて見たな、これがオアシスってやつか!
「着いたわね!」
「ああ、ようやくだよ! 全く、僕の魔力をフル稼働させてもこれだけの時間がかかってしまうだなんて、ここは一体どれだけ離れてるんだよ」
「ほら見てよ、さっきまでいた王都とはかなり違ってるわよ!」
この町、水と動植物、それから身の回りの者以外のすべてのものが砂と同じ色をしている。まるで砂の底から街が生えてきたみたいだ。
この町はまだ日が沈まないみたいだ。
「ねえスペル、どうしてこっちはこんなに明るいの? さっきの街の方が暗かったのに。これじゃあまるで時間が巻き戻っているみたいだわ」
「そりゃあ西に来たからね。時差ってやつだよ」
「ふうん、こんなの初めてだから戸惑っちゃうわ」
僕もこんなにはっきりと時差を感じるのは久しぶりだ。やっぱりとんでもない距離を移動してきたみたいだな。
「とにかく一旦休もう」
しんどいから、その日は手近なホテルの部屋を取って休んだ。
翌朝、暑さで目を覚ました。そして知らぬ天井、そうか。僕は何も知らない北西のオアシス、ペンサロンに来ていたんだった。
そして、ナチュラルに僕の隣に来ているチューリピアはまだ気持ちよさそうに寝ていた。思えば昨日は波乱ばかりだった。この子を拾ったかと思えば、魔族に追われて王都へ逃げて、それでも追ってくるからついにこんな西方の果てにまで来てしまった。
「おおい、起きろ?」
「ええ……ううん」
……ぜんぜん起きないじゃないか。
「おいって。もう朝だし、なんならかなり遅い時間だぞ?」
ここからでも窓に太陽が映るくらいにはもう日が昇っている。
「……」
くそ、返事がない。こんなに朝が弱かったのか? 寝顔はやっぱり人間の女の子と全く変わらないじゃないか。うなされていない分だけ昨日よりかは穏やかだし、可愛らしい。その気になればずっと眺めていられるくらいのものだけど、ここは起こしておこう。
「おおい!」
肩をゆすると、それに連動して全身がぐにゃりぐにゃりと揺すれる。本当に脱力しきっているな。
「まだ、まだぁ……」
「うわっ!」
こいつ、寝ぼけて抱き着いてきた! 匂いがふわりと彼女の長髪から香るものだから、昨日のクラクラする感じがよみがえってくる。
「おおい、本当に起きてくれ」
耳元で呼びかけると、ようやく彼女は目を開いた。まだ半開きでトロンとしているけど。
「ふぇ?」
「だから朝だって。ほら、起きて」
「すぺる……スペルだ!」
「そうだよ、スペルだよ。とりあえず起きてってば」
どんだけ寝ぼけてるんだよ。意識が朦朧とし過ぎて幼児退行してしまってるじゃないか。今のチューリピアからは少しの覇気も感じられない。この子本当に魔族なのか?
そこから先はまるで子供をあやすみたいだった。僕の襟にしがみついてくるから、それを剥がすのにも一苦労。結局彼女が正気になるまで一時間くらいかかっただろうか?
「あのね、いつもこうなるわけじゃないのよ?」
これが彼女の弁明だった。
「昨日はほら、大移動だったじゃない? しかも時差が狂ってるし、それで疲れちゃったのよ」
「まあそれは確かにそうなんだけど、それにしても寝ぼけすぎだよ。というかそもそもなんで僕の部屋に来たんだよ?」
部屋は二部屋とってたはずだ。
「そりゃあまあ……ねえ?」
察してくれと言わんばかりに上目遣いでこちらを見てくる。……が、分からん。
「は?」
「だから…………もう! 部屋に一人が寂しいから来たのよ!」
「え……はあ!」
「何よ、悪い!?」
「いやいや、お前今までどうやって寝てたんだよ? まさか誰かと寝てたのか?」
「ぬいぐるみと寝てたわ!」
「……!!」
なんか、聞いちゃいけないようなことを聞いた気がする。おいおいまじかよ。魔族にもぬいぐるみと寝るような子がいるだなんて。もしかして魔都って僕たち人間が思っているよりもゆるーい場所なのか?
いや、というか魔族うんぬんを抜きに考えても、チューリピアはぬいぐるみと一緒に寝るような年齢には見えないが……
「お前、ぬいぐるみと寝る歳だっけ?」
そもそも彼女の年齢を正確に知らない。
「十七よ、悪い!?」
十七! もっと下くらいだと思ってた!
「な……そ、そうか」
「その憐れむような目はやめなさいよ!」
「……それよりほら! 外を見てごらんよ!」
強引に話を逸らした。
そして窓から見える町の様子は、チューリピアの気を逸らすのには十分すぎるほど色鮮やかだった。
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