二話 彼女の正体
ニッコリと笑った少女の笑顔は、人間の女の子と何も変わらなかった。
「でも、どうして僕の店の前なんかで倒れてたの?」
「よく覚えてないわ。必死だったもの」
「何も覚えてない?」
「家出してきたのは覚えてるわ。それで父上たちに追いかけられて、どうにかこうにか逃げてて……」
「それでここに辿り着いたのかな?」
「きっとそうね。でもよかったわ。流れ着いた先があなたのような優しい人間さんのところで」
魔族だろうが人間だろうが、やっぱり笑顔が一番だな。ニッコリ笑った彼女は明るく、そして可憐だ。
チューリピアはどうやら家出少女らしい。魔族にも案外人間と変わらないようなことがあるんだと思ったけれど、本気度が違うな。彼女は身の危険があるような中、ズタボロになりながらも異種族である人間の国までやってきたのだ。
何がチューリピアにそこまでさせたのか? 聞くに聞けないな。
「だから、今も父上たちは私を探しているでしょうね」
魔族の親も、娘が家出したら必死に探すらしい。
「人間さんたちに迷惑かけてもいけないし、もうちょっとしたら出て行くわね」
「何を言ってるんだい! そんな傷じゃ……あれ?」
さっきまで傷だらけだったはずなのに、チューリピアの体はまっさら綺麗になっていた。擦り傷も切り傷も、全部消えてしまっている。
「ちょっと! そんなにベタベタ触らないでもらえるかしら? いくら恩があると言っても、怒るわよ?」
「ああ! ごめん……」
自分の失態を気付かされて、両手を引いた。
「魔族の生命力と、私の魔力のおかげね」
「すごいな……」
「でも、服も体も、やっぱり汚れてるわね。気持ちが悪いわ。お風呂、使わせてもらえるかしら?」
「いいけど……魔族も風呂には入るんだね」
「なかなか失礼なことを言うわね!」
「ああいや、そんなつもりはなかったんだよ! とにかく、どうぞ入って入って」
風呂に案内すると、チューリピアは中に入っていったから、僕は外に出た。情報量がとんでもなく多かったから、ここでようやく一息つける。
「本当、不思議な子だなぁ」
窓の外を見ると、雨が降り始めていた。さっきまでは晴れていたのに。
「ゴロゴロゴロゴロ!!」
雷まで鳴ってるじゃないか! そんな予兆はどこにもなかったのに、突然だな。
「ズドォォォン!!」
雷が落ちる音が轟く。だいぶ近い。相当な天気の荒れようだな。
すると、家の中もドタバタした。
「まずいわ!」
風呂に入っていたはずのチューリピアが突然飛び出してきた! それも何も着ずに。
「う、うん。まずいね、それは……」
とっさに顔を覆った僕の反応を見て、彼女は自分の状態に気がついたらしい。
「きゃあ! 私ったら……!」
チューリピアは急いで脱衣所の戸の後ろまで引き返した。
「……! 私としたことが失態だわ」
「君、もしかして天然?」
「そんなことはどうでもいいのよ! それより今は急がなきゃ! 父上が差し向けた追っ手が私を探しにここにきてるのよ! この雷がその証拠よ!」
「ええ!」
この突然の嵐はそういうことだったのか! すると、もうこの町まで彼女を探す魔族が来てるのか?
そのときだった!
「ズドォォォン!!」
また一つ、雷が落ちたかと思えば、今度は立て続けに声が聞こえてきた。
「この町の者ども、聞こえているか!」
野太い声が町中に響き渡った。
「来たわ! 今の声よ!」
声はまた聞こえてきた。
「我は魔王、ムーン・アリストル陛下近衛のドンファだ! 今我は陛下の三女にあらせられる、チューリピア・アリストル殿下がこの町がある方角に逃げていったと報告を受けて来た!」
あれ? 今とんでもない単語が色々と聞こえてきたような……。戸の後ろのチューリピアの方を見ると、
「……」
気まずそうにしている。
「え、外の人が言ってるの、本当なの?」
「……うん」
そうか……すると、このチューリピアはただの魔族ではなくて、魔王の娘、つまりは魔界の姫様というわけで……
「えええええええ!!!!」
そんなことって……じゃあなんだ? 僕は家出してきた魔王の娘を匿っていることになるのか? それってもしやとんでもなくまずいことじゃないのか? ここでもしもチューリピアが見つかったら? この町全部魔族に滅ぼされてしまうかもしれない!
「……追っ手がここまで来てしまったなら、もう年貢の納め時ね」
チューリピアは力無くそう言い放ち、その場にへたりこんでしまった。
外では相変わらず魔族の男が騒がしくチューリピアのことを探し回っている。このままだったら見つかるのも時間の問題だ!
「スペル、あなたには感謝するわ。介抱してくれたことと、それからお風呂に入れてもらったこと」
「もう、あきらめて帰るの?」
「不本意だけど、そうするしかないね」
「やっぱり帰りたくないんだ」
「そりゃそうよ!」
そうだよな。家に居たくない理由がよっぽどだから、必死の思いでここまで逃げてきたんだ。こんなに傷だらけになって、こんなに汚れて。
「なら、本当にいいの? ここで連れ帰られたら、何もかも、元に戻ってしまうよ?」
「そんなの、もちろん私だっていやだわ! でも仕方ないじゃないのよ! これ以上粘って町の人間さんたちに迷惑かけるわけにはいかないもの」
チューリピアの目は涙で潤んでいた。ズルいよ、そんなの見せられたら、ここで見捨てるなんてできなくなるじゃないか!
「……なら、とりあえず逃げようか?」
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