ボロボロの美少女を拾ったら家出してきた魔王の娘で、即刻魔王に指名手配されるけど僕は世界で一番速いスピード魔法が使えるので捕まりません! 〜楽勝で逃げ切って姫と悠々旅していきます!〜

中島菘

一話 ボロボロの美少女

 大陸ミリエフには、何十もの国があるが、ここナレディ王国はその南の果てだ。 


 そして、僕スペル・マジャンはナレディ王国の一国民、外れの方にある田舎で商店をやっている。


 集落に一つの商店だから、何でも売っている。食品に衣類、それから道具なんかも全部だ。


 それだから、仕入れなんかは特に大変だ。もっと北にある、都会の方にまで行かないと仕入れることができない。こっちには、商人たちが全く来ないのだ。


 その理由は、僕たちの王国のさらに南にあるものの存在だ。南の海岸線に出れば、たとえ曇っていたとしてもわかる。それほど近くに、魔城がそびえ立っているのだ。


 だから、都市の人々は不気味がってこの辺りに寄りつかない。自分が生まれたこの場所を愛している僕としては、すごく不本意だ。


 そんなわけで、今日も遠くまで仕入れに行かないといけない。馬に乗って、荷車を引いて行く。もう出発するところで、近所のおばさんに会った。


「おや、スペル。今日も精が出るわね」


「はい! おばさんたちが困らないように、今日も沢山仕入れてきますよ」


「ふふ、頼むわね」


 これがこの町の良さかな。みんな心の距離が近い。魔物の城が近くにあるからといって、危ないことがあるわけでもない。


 今日もおだやかな朝の光の中、都会の町に出発した。


 到着するまでそこそこ距離がある。だけど、僕の「シューティングスター」の魔法を使えば、瞬く間に町までたどり着く。





 人間は、ほとんどが魔力をその身に宿していて、各々が自分固有の魔法を使うことができる。その魔法は他人に使うことはできず、完全に個人唯一のものだ。


 そして僕の魔法がこの「シューティングスター」というわけだ。この魔法を使えば、僕自身や僕が乗る乗り物が何倍にも速く動くようになる。速さだけでいえば僕は大陸一を自負している。


「今日は揃いがいいな!」


 都会の市場でいつも商品を卸しているのだけど、今日はかなりの品を揃えることができた。


 大満足で、今度は帰路に着く。開店まであまり時間がないから、急がないと。


「『シューティングスター』!」


 僕の魔力を馬に伝える。すると馬の脚は目まぐるしく回転数を上げて行く! 爽快だから、我が魔力ながらいいもんだ。ちなみにだけど、荷車の品物はちゃんと包装してるから、これだけ速く走っても壊れない。


 さて、店に帰ってきた。……って、え?


「うぅ……」


 僕の店の目の前で倒れている人影があった! 近づいてみれば、女の子じゃないか! 見ない顔だな。でも、なんだか雰囲気がただ者じゃない。それに、服も体もボロボロになっている。一体何があったというのだろうか?


「君! 大丈夫かい?」


 返事はない。どうしよう……こんなにも傷だらけなんだし、放っておくわけにもいかない。


「ええい! 失礼するよ」


 僕は意識がない女の子を抱き上げて、店の中に入った。この場面、もし誰かに見られたら、面倒くさい誤解を生みそうだな。


 店の奥にある、僕が住んでいるスペースに彼女を運んだ。服が汚れているのは正直気になってしまうけど、脱がせるわけにもいかないから仕方がない。そのまま女の子を自分のベッドに寝かせた。


 女の子はうめいていて、苦しそうだ。かなりの重傷だということは間違いない。


 こんな状態で店をやることもできないから、一旦今日の開店は見送った。そして、代わりに町唯一の医者であるサゴ先生を呼んだ。


「こりゃ酷い怪我だね。熱もちょっとある」


「大丈夫なんですか?」


「幸い早く見つかったのがよかった。とりあえず助かりはするよ」


 その言葉を聞いて、ひとまず安心した。知らない子でも、死んでほしくはない。




 サゴ先生の言った通り、女の子の熱はほどなくさがり、その顔からは苦しそうな表情が消えた。


 こうして冷静に見てみると、ますます不思議な子だな。黒髪は長く、腰あたりまである。それとは対照的な白い肌は、汚れていなければもっと透き通るだろう。この世のものとは思えない美しさ、少なくとも生まれてから今まででこんな美人は見たことがない。こんな子が、どうして僕の店の前に倒れていたんだろう? 


 看病すること半日、今日の営業を諦めかけていた頃、突然声が聞こえた。


「出て行くって言ってるでしょ!」


「ええ!」


 あんまり力強い声だったものだから、僕もびっくりしてしまった。この女の子が言ったのか?


「あれ? ここは?」


 振り返ると、さっきまで寝ていた女の子が上体を起こしているじゃないか!


「目を覚ましたのかい?」


「……人間さん?」


「へ?」


 お互い一瞬ポカンとして、それから困ってしまった。どうしたらいいのか? 何から話したらいいのやら? 分からないでいると、先に女の子が口を開いた。


「人間さん、あなたが助けてくれたのかしら?」


 この子、不思議な話し方するな。


「え、ええ。まあ」


「それはありがとう。そのついでにここがどこかを教えてもらえないかしら?」


「ナレディだよ。それでいいかな?」


「ナレディ……ってことは、ここは人間さんの国なの!?」


「え! そうだけど……」




「やったわ!!!!」




 女の子は大きく両手を広げて喜んだ、が、傷に障ったようで痛がった。


「えと……君はどこから来たの?」


「南の海を越えた先、この窓からも小さく見えてるわ! ダリサバルよ!」


「それって……ええ! 魔族の国じゃないか!」

 

 この町が都会から不気味がられる原因である魔城、女の子はそこから来たというのだ!


「ええ、そうよ。だって私は魔族だもの」


「へ、へぇ。初めて会った……」


「ともかくあなたには感謝するわ。助けてくれなかったら死んでいたと思うから」


「いやいや、ともかく無事? でよかったよ」


 僕の方はまだこの子が人間じゃないことを飲み込めていないのだが。


「人間さん、名前は?」


「ス、スペル・マジャン」


「ありがとうスペル。私はチューリピア、姓は言えないわ」


 寝ている時は閉じていて分からなかったけど、彼女の瞳は吸い込まれそうな魔性の紅だった。

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