第3話

シュウジからの依頼を請けて、ユウスケはトウキョウ自治区の西側、旧神奈川県の厚木にあたる地区に来ていた。依頼者曰く、ここ最近になって魔生物の生息域が広がっているらしく、トウキョウ自治区の西端の近くに位置するこの場所まで拡大してきたとの報告があり、生息する魔生物の駆逐を依頼したとのことだ。この依頼は元々特魔局に持ち込まれたものらしく、あぶれてきた依頼をもらってきたとはシュウジの談。

特魔局と探索者の関係はとても密接に関係しているが、持ち込まれる依頼の種類に関しては場所によって特色が出る。特魔局は数年前まで公共機関だったため、その特徴が色濃く出る。今でこそ探索者が立ち上げた事務所やフリーランスの探索者が数多く存在するが、このような環境になる前は、魔粒子絡みの事件や依頼は専ら特魔局に持ち込まれた。だが、余りにも数が多く、かつ大小様々な依頼がひっきりなしに飛び込んでくるため、特魔局の職員は皆疲弊し続けたという。だがある時、各所から援助を受けて誕生した日本で初の探索者企業が誕生した。それが暁の明星、現在日本で頂点に君臨する対魔企業である。これにより特魔局と企業間での連携や受注依頼の分散などにより特魔局の職員たちの負担が激減し、暁の明星の活躍を知った日本政府も探索者企業の設立を推奨し始めた。これにより波に乗った暁の明星は、日本全国に名を轟かせることとなる。

「なんでこんな話したのかな代表は……」

思わず口から言葉が漏れる。長年の(個人的であろう)屈辱なのか、はたまた別の何かなのか。ユウスケには知る由もない。

そんな考えを頭の隅に置き、依頼書を確認しながら周囲を見渡す。

「さて、大体このあたりだと思うんだけど……」

かつて賑わいを見せたであろうその土地は、今や廃墟が点在し、ラーゾ結晶と呼ばれる魔粒子が結晶化したものが散乱する荒れ地となっていた。

閑散とした荒野を見渡しながら散策する。

すると、住宅の隅で縮こまる人の姿が見えた。このあたりには特に掴める情報がないので、聞き込みに入る。

「あの、すみません。少しお話よろしいでしょうか」

尋ねると、その人は怯えたように顔を上げた。

「は、はい……何かご用でしょうか……?」

少し年齢を重ねた方だろうか。顔に少々のシワを刻んだ女性だった。

「自分は、こちらの依頼を請けてここに来たものですが、少しお聞きしたくて」

「依頼……もしかして、あの化け物退治の依頼ですか?」

「化け物……魔生物のことでしたら、そうだと思います」

「あぁ、良かった……。来てくださったんですね、ありがとうございます」

「いえいえ、感謝されるほどでは。もしかして依頼者の方ですか?」

「はい、そうです。少し前から出してたんですけど、中々依頼を受けた方が来なくて……」

まぁそれは当然だろう。少々厳しいが、特魔局に寄せられる依頼数は1日で万を超える日もあるという。そんな中であまり割に合わないような依頼が多くを占めており、重要性から見て後回しにされたのだろう。代表がもらってきたというのも信用出来る。

「もしお早めに解決したい依頼でしたら、探索者企業や事務所に直接持ち込まれた方がよろしいかと思いますが」

「でも、今のわたしには依頼出来るほどのお金がありません」

そう。特魔局がもて余す依頼というのは、多くがこういった金銭に難がある人々からの依頼である。特魔局が依頼を受ける時は、少額、依頼によっては無料で受けてもらえる場合が多く、無期限の依頼にはなるが手軽に申し込む事が可能だ。しかし特魔局の監査によって重要度を判定し判別しているため、どうしても後回しになることも少なくない。反面、企業や事務所に直接持ち込むなら、内容による依頼料を提示し、即時対応される事が多い。だがこれも問題があり、事務所やフリーランスなどでは割に合わないといって断る場合もある。特魔局ほど保証が出来る訳では無いため、依頼によっては事前に断りを入れる時もある。

そういったところを鑑みると、今日代表から渡された依頼の数々は、こんな依頼が多く、シュウジの人柄が良く見えるような気がする。

(憎めないからな、あの人は)

そういった人情味を感じるのが、安崎シュウジの惹かれる部分でもあると、ユウスケは改めて思った。

「それで、その、依頼の方は……」

「はい。もちろん受けさせていただきます。差し当たってですが、どのような状況か、お聞かせくださいませんか」

「はい、実は……」

その女性は少しずつ情報を話していく。

「最近ここに住む人たちが化け物に襲われるって話を聞くので、いつも不安だったんです。でも、ここは仮にもトウキョウ自治区ですので、そんなことはないと思っていました。でも先日、夫と買い物に行った帰宅途中に化け物に襲われて、命がけでここまで逃げてきたんですけど、そこに助けに入った探索者の方がここまで広がってるなんて思わなかったなんて言ってて……わたしどうしたらいいのか……」

「なるほど、そんな事が……」

女性の旦那さんが怪我をして、この場にいないのは自宅で療養しているのか、病院で治療を受けているのか。何にせよ、金銭的にも環境的にも厳しい立場に置かれているのは把握出来た。

「状況について、教えてくださりありがとうございます。その魔生物はどんな姿だったか覚えていますか?」

「おっきなトカゲみたいな姿をしていました。2メートルくらいの紫色で」

「なるほど……」

紫色のトカゲ型の魔生物、マグリザードと呼ばれる種類だろう。トカゲなどの爬虫類がラーゾ粒子(魔粒子)の影響を受けて変異した魔生物。廃墟街周辺や外地問わず出現する魔生物で、討伐依頼でもよく見るものだ。

「ご依頼について、確認しました。情報提供、ありがとうございました」

「いえ、助けになったのなら幸いです」

依頼者の女性と別れ、少しずつ外地方面へ向かっていく。本日は既に出された依頼を解決し、この依頼が終わり報告をして終業となるだろう。本日最後の依頼達成のため、気合いを入れ直す。


外地方面に向かって10分は歩いただろうか。周辺のラーゾ粒子の濃度が濃くなるのを肌で感じ、見渡しても木々や土の至る所にラーゾ結晶が塊になって生えていた。

(基本的には、魔生物は粒子濃度が濃ければそこに居を構える。となるとこのあたり……)

そう思考を巡らせた瞬間だった。鋭い双眸が木々の隙間から多数確認出来る。待ち伏せていたのだろうか。こちらを値踏みせんばかりに睨めつけて、舌なめずりする姿がわかる。

今にも襲われそうな場面というのに、ユウスケはとても落ち着いていた。

「……最後のお仕事、頑張りますか」

左の手首に表出している銀の鱗を優しく撫でる。

その瞬間、ユウスケの体は銀の鱗で出来た生身の鎧を身に纏い、厳かで煌めく翼を羽撃かせ、魔生物の集団に狙いを定めた。

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