第2話

自宅のアパートから出発し徒歩10分の最寄り駅から15分ほど電車で移動し、到着した駅から5分ほど歩いて職場につく。ここ5年通勤して嫌でも覚えたルートである。

未知の厄災によって10年は空路海路陸路すべての交通網が麻痺状態になり、孤立化した時期もあったが、国や探索者たちの活躍により、自治区内の交通網も復活しつつあるものもある。ここトウキョウ自治区は、かつて東京都があった場所に加え、旧神奈川県や旧埼玉県、旧千葉県の一部を統合し、4つのエリアに分けて管理している自治区であり、厄災後の日本で最も人口が多いエリアといっても過言ではない。都市部を奪還して9年、驚くべき速さで復興を遂げたのは称賛に値する。それでも、都市部から離れれば復興が間に合わないままの廃墟が並び、自治区から出ればそこは魔生物が潜む魔境である。かつて人々が暮らしていた場所も、魔生物に侵略されたままの場所もあれば、探索者たちと魔生物との激しい戦いの末、荒野になったり海の底に沈んでしまった街もある。電車の車窓からでも、未だ復興工事が終わらない場所も散見される。

(それでも、徒歩で事務所行くよりかはマシだよなぁ。黒孔のせいで遅延があるとはいえ)

窓の外の景色を眺めながらそう考えていた。

電車内には様々な人たちが電車に揺られている。そこには常人だけでなく、適合者(超人や複合者)もそれなりにいる。厄災から20年ほど経った今では、こんな景色は見慣れたものである。

「今日ここのスイーツ行きたいんだけどさ〜」

「あ、そこチョーいいらしいよ?」

「でもやっぱ高くない?誰かんちで菓子パしない?」

電車内で聞こえる会話も普通である。会話の主は女子高生の三人組だった。声がする方向に目を向けると、二人は普通の見た目だが、一人は頭から小さい角と、腰から先が三角に尖っている尻尾が見える。おそらく適合者であり、悪魔のような見た目をしている。

「んじゃアタシが奢ってあげんよ。バイト代入ったし」

「マジ?んじゃ甘えちゃお」

「そんなに貰ってるん?」

「これでも探索者資格持ちだしね~。チョロいわこのバイト」

「すんげ。わたしも試験受けようかなぁ」

「危ないからやめなって」

どうやら件の悪魔女子は探索者資格を持っているとのこと。確かに探索者資格試験の要項には15歳以上の適合者が対象ではあるが、危険な仕事もある以上、試験もそれなりに厳しい。どうやら実力も兼ね備えているようである。若いうちから立派だなぁと感心していると、目的地の駅につくアナウンスが流れた。

電車から降り、駅から出ると、巨大な建物が目に入る。立派だが荘厳な雰囲気があり、目にする人々を静かに圧倒するような風格がある。その建物は民間でこの日本でトップに君臨する探索者企業『暁の明星』の本部である。各地に支部を展開し、様々なエリアで活躍する高ランク適合者たちが集まる場所で、日本で探索者資格を所持している人の3割はこの企業に就いているらしい。様々な危険と隣り合わせの探索者たちにとって、充実した福利厚生や報酬が貰える事もあるため、多くの探索者たちの憧れの的である。

「俺もこんなところで働いてみたいねぇ。まぁ今は無理だろうけども。代表がなんて言うかわからんしな」

そんな感想を抱きながら駅前のスクランブルを抜けて5分ほど路地を歩くと、至って普通の雑居ビルが立ち並ぶ場所のところに、一階がカフェになっているビルで立ち止まる。そのビルのエレベーターで3階に上がり、職場である事務所のドアで止まる。そのドアの表札には、『天翼会 探索者事務所』と記載されている。

ドアを3回ノックすると、ドア越しに男の声が聞こえる。

「はいよ〜どうぞ~」

間の抜けた声に応えるようにドアを開けると、横長のデスクの上で書類とにらみ合いをしている男がいる。書類以外にも、仕事用のパソコンや何本か吸ったであろうタバコが潰された灰皿、缶コーヒーの空き缶が見える。

「……あー羽島か。おはようさん」

「おはようございます、代表。……また泊まりですか?」

「おー、お陰さんでな」

テキトーな挨拶をした男は安崎シュウジ。天翼会の代表兼社長にして、高ランクである一級探索者ライセンスを持つ適合者でもある。その証拠に、デスクの傍らには物々しい日本刀が立て掛けてある。

「また仕事が舞い込んできたんですか」

「そ。ウチの会長さんが特魔局と太いパイプがあるからってんで、そっちの方から色々とな。すまねぇな、昨日もそれなりの案件任せちまったのに」

「いいんですよ、こっちも色々と得しましたしね」

「毎度真面目なこって。他のメンツもそれぐらい張り切ってほしいもんだよ」

「……まぁ、皆さん個性的な人たちですし」

「何が個性的だよ。事務員の子たちはお前と同じくらいの時間には来るのに、ウチの資格持ちはお前以外誰一人来ねぇじゃねぇか。もうすぐ就業時間だぞ」

「まぁまぁ……」

そう、この天翼会のメンバーは個性派な人たちが集まっている。個々の実力は確かなもので、高ランクの資格保持者ばかりであるのだが、新作のゲームを最速で買ってから来るものや、髪がうまくまとまらないから遅刻するとか、果ては丸一日寝てました、なんて報告するメンバーもいた。一応この事務所は固定時間給制ではないものの、かなりの自由奔放加減である。

「ウチの資格保持者は六人。まずオレとお前、そして特魔局との連携任務中のやつが一人。そして残りの問題児が三人、と」

「あ、あはは……」

苦笑いするしかない。少数精鋭といえば聞こえはいいが、事務所内の秩序はめちゃくちゃである。だがこれも、いつもの職場の風景でもある(ちなみに事務員の方々は二階の事務所で働いている)。

「実力だけは確かなんだが、いかんせんどうにかならんものかね」

「ですが彼らのお陰でかなり楽できてる部分もあるじゃないですか。前までは自分たち二人だけで回さなきゃならなかったんですから」

「……まぁそうなんだけどよ」

ちらり、とショウジの視線が横のホワイトボードに向く。そこには天翼会の昨年度案件達成数と、日本全エリアに点在する探索者企業の案件達成ランキングが掲載されていた。トップはもちろん暁の明星だが、その下、二位の欄には天翼会の文字が記載されている。

「ウチもそろそろ万年二位の地位から脱却して、あのババァの鼻を明かしたいもんよ」

「……なら、大小構わずこなさないとですね、代表」

「あぁ、ウチのエースの一人である【銀竜】のお前には、もっと頑張ってもらわねぇとな」

二人でそう決意し、今日の天翼会の仕事が始まった。

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