果ての銀竜
みかねりお
第1話
この夢を見るのはいつ振りだろうか。
暗い闇の中で自分一人だけで、他は何もない、真っ黒な空間。灯りも何もないこの場所でたった一人残された。今自分はどんな姿なのかも分からず、立っているのか寝ているのかも分からない。
でも分かることは二つ、自分が何かを握りしめている感覚があることと、これが夢であることだけ。
握っているものはとても、とても硬い。何かの金属の破片だろう。とても冷たくて鋭利な物を握っている。今にも手のひらが切れそうにも関わらず、それを大事そうに握る。痛い。痛い、けど、自分にはそれがとても大事なものに感じる。これを手放したら、見つけるのは不可能だろう。無くしたらそれだけで不安になるほど、優しく、しかし力強く握りしめた。
目が覚めたのは、そんな時だった。
「……朝かぁ」
ふぁ、と気の抜けたあくびをしながら体を起こす。
昨夜は寝落ちして変な体勢で寝てたために首が痛む。昨夜の寝落ちした自分に少し恨み節をつぶやきながら、朝食の準備をする。今はジュースよりも貴重になった牛乳と、焼いたトーストにこれまた貴重品のジャムを塗って皿にのせ、卓につく。
「いただきます」
一人寂しいアパートの一室で、黙々と食事をする。何か音が欲しいと思い、テレビをつける。朝のニュース番組がちょうど午前7時をお知らせしたところだった。
『……さて、今朝はこの特集からお伝えします。昨夜未明、住宅街にて何者かによって襲われ、重症を負った被害者が死亡した事件で、警察と特魔局の見解では、魔物か複合者による犯罪なのではとのことです。この事について……』
「朝からまた物騒な」
トーストの欠片を食べながら番組に耳を傾ける。
マグカップに注がれた牛乳を飲み干しながらぼやく。
「ホント、なんでこんな世の中になっちまったのかね」
それは20年ほど前、突如として発生した。
世界各地、都市山地を問わず発生した黒い孔により、今は魔物と呼ばれる異界の怪物達が氾濫し、世界を混乱に陥れた。各国は独自の軍隊や戦力でもってこれに立ち向かい、この災害に抗った。だが、それでも被害にあった場所は数多く、多くの死傷者や二次被害者も出た。これを皮切りに、各国は緊張を強めることとなり、新たな生活環境を整えることを目標に掲げ、施策を実施してきた。
そして、その災害によって起きた変化が一つ。それは生活環境の変化だ。
報道された最新の研究では、その孔や魔物によってもたらされた魔粒子、いわば魔力や魔素といったゲームじみた物質が、自然環境を変質させ、生物や鉱石、建造物などに至るまで大小様々な影響を受けた。それは人間も例に漏れなかった。
人間が受けた影響はそれなりに大きく、この災害を期に大きく三種類の存在に変化した。
まず、魔粒子の影響を受けなかった、もしくはごく微力の影響のみで特に変質しなかった【常人】、
二つ目は魔粒子の影響を受け、人間としての姿形を保ったまま、魔粒子を操り超常の力を得た【超人】、三つ目は魔粒子の影響を受け、身体に異常をきたして変質してしまった【魔人】、現在では差別として非難され【複合者】と呼ばれるようになった者に大別された。
これらの人々によって政治も大きく影響を受けた。各国では常人も超人も問わず、見た目から大きく変質した魔人達が忌み嫌われるようになった。これにより人権運動がより活発化し、デモや内乱、紛争にまで至った国も少なくない。また常人と超人でも問題が発生し、これも過激な運動へとつながるようになった。各国の為政者達もその例に漏れず、権力や財力関係なく飲み込まれ、権力を失った者たちも多くいる。
そんな動乱の時代になって4年経った頃、ある研究者の論文が発表された。内容を端的にいうならば、孔から出現した魔物を討伐するには、魔粒子を操れる存在が必須であり、それが出来るのは魔粒子の影響を強く受けた者でないと不可能であるといったもの。これにより超人と魔人の地位が確立され、各国がこの論文をもとに討伐隊を編成、蹂躙された場所の奪還作戦が各地で発生した。これにより犠牲者も出たが、多くの都市の奪還に成功、人々の生活圏が確保され、いつしか超常の者たちは羨望の眼差しで見られるようになった。こうして外敵に対する力を手に入れた各国で、新生された国際社会の法により、超人、魔人と呼ばれた者たちの徹底的な差別の撤廃と、超常の者たちを国で管理し、新たに『探索者』として、荒廃した大地を冒険、利益をもたらす職業が生まれ、今日までにいたる。
飲み干した牛乳の味を喉で感じながら、俯く。
「色々あったとはいえ、まだ差別自体なくなった訳じゃないんだよな……」
そう、先述した歴史の影響は未だ尾を引いている。それは魔人、複合者たちの差別だ。今でこそ少ないが、未だ白い目で見られるところもある。その傾向は年齢が高い人たちほど強く、それこそ10年ほど前なら目の届かないところでの差別や暴行事件まであった。それぐらい根深い問題を残したまま、人々は暮らしている。
それはここ、日本でも同じ事だった。突如として生まれた超人や複合者は、貧富問わず発生する。これによって成り上がった者、落ちぶれた者など様々である。探索者として登録しようにも、ライセンス取得資格を得られず、また国からの保護も受けられず路頭に迷い、犯罪に走る者も多かった。それは超常関係なく起きる事だが、ことある毎に複合者が真っ先に疑われることも少なくないという。そして超常犯罪を解決するために警察が担当するには、あまりにも人手が足りなかった。
「まぁ、それは歴史見てけばいくらでもあるし、この国には特魔局があるし」
テレビのコメンテーターの話を半ば聞きながら朝食の片付けをする。
特殊超常管理局。通称特魔局と呼ばれるそれは、日本で設立された団体で、元々は国の機関から派生したものである。主に警察や自衛隊に協力し、超常犯罪の解決や探索者支援を行うものである。そこに務める人の大半が探索者ライセンスを持ち、日々命の危機にさらされながら働いている。
そんなこんなで朝食の片付けを終えた俺、羽島ユウスケは、スーツを着込み、出勤の身支度を終える。
「今は7:48…か。そろそろ出なきゃな」
今日もまた仕事が舞い込むんだろうな、と思い気落ちするも、覚悟を決めて今日一日に踏み出す。
「行ってきます」
部屋にそう告げ、扉の先へ歩き出した。
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