第82話 窮迫
リオはルクレール夫人を連れていったん寝室の外に出た。
これから話す内容をシャマル本人の耳に入れないためだ。
そして、絶望的な状況であることを夫人に伝える。
「非常に危険な状態です……正直助からない可能性のほうが高いです……」
リオの言葉に夫人は愕然とした。
「そんな!?」
「助かる方法があるとすれば一つだけ。気管挿管と人工呼吸という処置を行い、病気が落ち着くまで呼吸をサポートすることです」
そう、ARDSの治療は人工呼吸器を使って呼吸をサポートし、肺の炎症が沈静化するまでただひたすら耐え凌ぐしかないのだった。
「それを行ったとしても助かる可能性は五分五分ですけど……それで、その具体的な方法ですが……」
リオは夫人に気管挿管と人工呼吸の詳細を説明した。
専用のチューブを口から肺に通すこと、そのチューブを通して外から空気を送り込むこと、苦痛を伴う処置なので鎮静薬を使って眠った状態にすること。
説明を聞き終わった夫人は震えながら尋ねた。
「助かるにはその方法しかないのですね……」
「ええ……そうです……」
夫人の問いにリオは静かにそう答えた。
夫人は震えながらしばらく考え込んでいたが、意を決して声を絞り出した。
「わかりました……やって下さい……」
夫人の答えにリオは内心に若干の不安を覚えながら問い返す。
「本当によろしいですか? 今回の伝染病では……いえ、この世界で、まだ誰も受けていない治療です……」
リオはヘルメス伯爵の協力によって気管挿管のチューブや吸入麻酔薬を開発し実用可能な段階に達していた。
だが、人体を模した人形でのシミュレーションは何度も行っているものの、実際の患者に行うのはこれが始めてだった。
「あなはのお噂はよーく聞いております。あなたは頼りない魔法省にかわり、王都を救って下さった。今回の伝染病に関して、あなた以上に頼れる方などおりません。ですから、やって下さい!!」
夫人の体からはいつの間にか震えが消えており、力強い口調でそう言った。
リオは、夫人が今日初めて会った自分を信頼してくれたことに心から感謝し、今自分が持てるものを全て出し切ろうと改て決意した。
「わかりました。では、これから御本人にも説明し同意を頂いて上で、処置を行います」
リオは寝室の扉を開いて再び中に入った。
そして、ベッドサイドに駆け寄り、跪いてシャマルに語りかける。
「シャマルさん。喋るのも苦しいと思いますので、私の話だけ聞いて下さい」
リオは気管挿管と鎮静についてごくごく簡単に説明した。
「助かるには、この方法しかありません。苦しくないようにする薬も使います。この治療を行わせて頂いたてもよろしいですか? もしよろしければ私の手を握って下さい」
リオはそう言って、シャマルの手を握った。
シャマルはリオの手を強く握り返した。
強い人だ……
とても苦しいだろうに、それでも必死に生きようとしている……
シャマルと握りあった手の上に反対の手をそっと添えた。
「今、私の従者が必要な薬と器材をとりに行っています。だから、もうしばらくの間頑張って下さい!!」
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