第63話 策略

 パルスは礼拝堂南側角の一番良い場所に寝かされ、ヘルメス伯爵からもらってきたばかりの点滴を開始した。

 王女であるパルスの姿を周囲にさらしたままにしておくわけにもいかないので、パルスの周りを即席の金属の格子で囲って布を貼った。


 2時間後、点滴1本が終わり、リオは2本目の点滴に繋ぎ変えた。

 パルスは少しだけ体調が楽になり、なんとか自力で体を起こせるようになった。


「今だったら、薬を飲めそうですか?」


 リオの問いにパルスはコクリと頷き、リオは持ってきていた麻黄湯の袋と水の入ったコップを渡す。


「麻黄湯と言って、現状この薬が一番効くと思います」


 パルスは「ありがとうございます」と言って薬を受け取った。

 袋を開けてさらさらと口に流し込み、すぐにコップを受け取り水を飲み込んだ。


「不思議な味ですね……薬草と似てはいるけど違うような……」


「原料が植物であるという点では同じです。ですが、麻黄湯の方が感染症に遥かに強い効果を持っています」


「この薬もリオさんの故郷のものですか?」


 白魔術とは全く異なるリオの治療技術について、底知れぬ秘密があるとパルスは確信していたが、あえてパルスは含みを持たせてそういう問い方をした。


「ええ……まあ……そういうことにしておいて下さい……」


 リオもリオで、故郷のものではないことはとっくにバレているだろうと思いつつも、そう言ってお茶を濁した。


 パルス王女とはもう一蓮托生も同然だ……

 いずれ、私の前世のことも話すことになるな……


 そう思いつつも、リオはまだその時ではないと考え、話題を変えた。


「しかし、まさかこんな展開になるとは……、パルス様がこのタイミングで伝染病にかかったのは悪かったのやら、良かったのやら……」


 そう言って、リオは苦笑いする。


“ピンチはチャンス”とはよく言ったものだ……

 パルス王女が伝染病にかかったおかげで、奇しくもパルス王女はこの病院に中に入ることができたし、まだどうなるかわからないが、パルス王女のインフルエンザがさっと治ってくれたら、この病院は存続できるどころか一気に評価が上がる……


 苦笑いしているリオに対して、パルスはくすくすと笑い出した。


「ええ、ギリギリでしたけど、なんとか間に合いました……」


 その言葉にリオは「ん?」と違和感を感じた。


 ギリギリでした……

 間に合いました……


 そこでリオは、パルスの従者の言葉を思い出した。



『最初は直接の接触は避けていました。ですが、数日前、リオ殿が王宮にいらっしゃってから、リオ殿の活動に触発されたのか、直接患者とお会いになられるようになりました』



 まさか……


 リオは震えながら、パルスに問うた。


「パルス様……まさか……こうなるようにわざと感染者と直接接触されていのですか?」


 リオの問いにパルスは喜々として答えた。


「ええ、そうです。私がよそで伝染病にかかってしまえばこの施設に入ることを躊躇する理由はなくなりますし、しかも、ここで治療を受けて速やかに治癒すれば、この施設の評価は上がり、その存在は揺るがぬものとなります」


 パルスの答えを聞いて、リオはパルスに顔を近づけた。


「リオさん?」


「パルス王女殿下、ご無礼をお許しください」


 そう言い終わった瞬間、リオはパルスの頬を平手打ちした。



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