第64話 拡散
思いもよらぬリオの平手打ちに、パルスは呆然としている。
ずっと黙って後ろに控えていたライナは「なんてことを!?」と慌てふためいてる。
当のリオは険しい表情で静かにパルスに語りかけた。
「自分からわざと伝染病にかかりにいった。それ自体も許し難いことですが、何よりも、御自分が病原体をバラまいて、伝染病を広げることになるということはお考えにならなかったのですか?」
「私は……症状が出たらすぐにここに来れば大丈夫だと……」
パルスの答えを聞いて、リオはため息をついた。
そうか……
この世界の医療レベルからどこかかけ離れたところにいるように感じていたけれど、パルス王女もやはりこの世界の人間だ……
ちゃんと一から説明して理解してもらわなければ……
リオは険しかった表情を緩めて、落ち着いた声でパルスに説明した。
「伝染病には、感染しても症状が出ない潜伏期間というものがあるんです。潜伏期間中の無症状患者は、知らずに病原体を運び、知らずに患者を増やしてしまうことがあるんですよ」
リオの説明を聞いたパルスは愕然として俯いた。
「そんな……私はなんてことを……」
自責の念にかられて顔を覆うパルスの肩を、リオは優しくさすった。
「落ち着いてください。パルス様は患者がいる家ばかりを回っていたのですよね? であれば、その家々はもともとある程度は病原体に汚染されていたと考えていいいでしょう。問題はむしろ王宮……特にパルス様の身の回りのお世話をしていた方たちが危ないですね」
「彼女たちにすぐに知らせないと……」
慌てふためくパルスをリオはなだめて落ち着かせる。
「使いの者を出しましょう。もし発症者がいたら、私たちが速やかに対処します」
「ありがとうございます。リオさん……」
パルスは礼を言ったあと、ホッと安堵のため息をついた。
「礼にはおよびません。ですが、もうこのような無茶はお止めください」
「はい……わかりました……」
パルスは神妙な面持ちで頷き、リオもうんうんと頷いあと、立ち上がった。
「では、また何時間か後に様子を見に伺いますので私達はいったん失礼します」
そう言い残して、布と金属格子で作られた仮設個室を出ようとしたところで、パルスは再びリオに声をかけた。
「リオさん!!」
「なんですか?」
リオはパルスの方を振り返った。
「その……私は病気について何も知らないのだということを改めて思い知らされました……ですから、これからもっと色々なことを教えて下さい」
「ええ、よころこんで。ですが、今はとにくかくご自分の病気を治すことに専念してください」
リオはにっこりと微笑んで、ライナとともにその場をあとにした。
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