第60話 発症

「パルス様!!」


 パルスが倒れ、リオはすぐさまパルスの元に駆け寄った。

 パルスの体を抱きかかえ、全身を観察する。

 頬が紅潮し、はあっはあっと呼吸はさらに荒くなっている。


 まさか……


 リオはパルスの額に手を当てた。


 かなりの高熱だ……

 39℃はある……


「ああ、姫様!!」


 そこで、パルスの従者数名が遅れてかけつけた。


「だから、あれほどご無理をなさってはと!?」


 従者の一人が慌てふためきながら、かがんでパルスの様子をうかがう。


「無理? 何があったの!?」


「それは……」


「答えて!! パルス様の命にかかわることよ!!」


 リオの詰問に従者は一瞬迷ったあと答えた。


「姫様は……伝染病にかかった庶民を訪問して回っておられたのです……」


「なっ!? なぜ、そんなことを!?」


「姫様は民の苦しみに大変心を痛めておられました。そして、ご自身が何もできないことを歯がゆく思われておいででした。それで、少しでも民の役に立ちたいと、お忍びで伝染病患者の家を回られ、薬草や日用品を配られていたのです」


「患者との接触は!?」


「最初は直接の接触は避けていました。ですが、数日前、リオ殿が王宮にいらっしゃってから、リオ殿の活動に触発されたのか、直接患者とお会いになられるようになりました」


「そんな……」


 リオは内心では確信しながらも、診断の確定のために診察を開始する。


「ルクス!!」


 光の呪文を唱え、リオの右手の指先に光が灯る。


「パルス様、口をあけてください!!」


 パルスは言われるまま口を開ける。

 リオは光でパルスの喉を照らし、喉の奥の咽頭後壁を観察する。

 そこには、3-4mmの赤い粒がいくつも見えた。


 インフルエンザ濾胞……


 リオは落胆のため息をつき、まわりのその事実を告げた。


「パルス様は……伝染病に感染している……」


 パルスの従者や住民たちはその事実に慄いた。


「そんな……」

「姫様が……」

「なんてことだ……」


 リオは怒りと歯がゆさが入り混じったなんともいえない感情に包まれた。


 この馬鹿王女!!

 いったい、何を考えているんだ!?

 どんなに民のことが大事でも、あなたにもしものことがあったら、その民たちはいったいどう思う!?


「これはいけませんな。すぐに王宮に戻り治療を始めねば」


 フランク・バロットと一緒に来ていた筆頭宮廷魔術師のランディー・メンブランが無表情でそう言ってきた。

 宮廷魔術師は魔術師の中でもエリート中のエリートであり、王族のためにその能力を最大限に発揮するのが役目である。

 特に宮廷の白魔術師は王族が病にかかったときに治療を行う、いわばお抱え医師のような存在なのだ。


「王女殿下、今は御身の治療にご専念くださいませ。査察は我々でつつがなく執り行い、回復になられたあかつきに、詳細にご報告致しますゆえ」


 これ幸いとフランク・バロットは話を進めようとする。

 が、しかし……


「王宮には……戻りません……」


 息も絶え絶えに、パルスは必死に声を絞り出す。


「私は……この施設で……リオさんの治療を受けます……」



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