第56話 密告

 リオとライナが伯爵と会っていたのと同時刻。

 パルス王女は従者数名をつれて王宮の庭園を歩いていた。

 王族区画の外に用があり今しがた帰ってきたところであった。


 はあ……


 パルスはふと立ち止まり、額に手をあて、こめかみを指でおさえる。


「大丈夫ですか、姫様?」


 従者の一人がパルスの様子を気にかける。


「ええ、大丈夫です。少し疲れているのでしょう」


「少しではないでしょう。連日このようなことを続けていては……」


 パルスはなんでもないと手を振るが、従者たちは一様にパルスの体を案じていた。


「リオさんたちが病める民のために頑張ってくれているのです。私だけ王宮にひきこもっているわけにはいきません」


 パルスは重い体を立て直し、前に向き直る。


 と、そこで、前方遠くからこちらに向かってくる数人の人影が目に映る。


 あれは……


 人影はルイス王子とその取り巻きだった。

 今日は魔法省大臣のフランク・バロットと筆頭宮廷魔術師のランディー・メンブランはいないようだった。


 王女と王子のグループが鉢合わせたところで、先に声をかけてきたのはルイス王子の方だった。


「パルス。どこかへ外出していたのか?」


「ええ、小用で……」


 ルイス王子はあからさまな愛想笑いを浮かべならがらそう問い、それにパルスは不機嫌そうに答えた。


「例のリオ・クラテスの治療施設か?」


「いいえ、違います」


「そうか。まあ、お前がいないほうが調査が円滑に進んで好都合だろうな」


 ルイス王子の意味深な言葉にパルスはピクリと反応する。


「それはどういう意味ですか?」


「ああ、お前は知らされていないのか……」


 ルイス王子は片方の口の端を吊り上げ、いやらしく笑う。


「国王陛下がリオ・クラテスの治療施設の査察を魔法省に命じられたのだ」


 その内容を聞いて、パルスは青ざめた。


「なぜ!? リオさんの治療施設は、第一王女である私の直轄事業にすると父上もお認めになったのに!?」


「その治療施設でいったい何が行われているのか、父上に上申した者がいたのだろう。リオ・クラテスの施設で行われていることは、白魔術とは全く異なる異端の業だと……」


 ルイスは明後日の方に目をやりながらまるで他人事のように言った。


 パルスは怒りに震えた。


 白々しい……

 兄上が他の者を使って報告させたに決まっている……


 パルスは踵を返し、もと来た道を戻ろうとする。

 が、そんなパルスの手をルイス王子が掴んだ。


「どこへ行くのかな?」


「兄上には関係ありません」


 パルスはきっとルイスを睨みつける。


「リオ・クラテスの治療施設に行くんだろ? 無駄だよ。お前が行っても査察は行われるし、その結果はどうやっても父上の耳に入る」


「それでも……」


 パルスはルイス王子の手を振り払った。


「同じ志を持つ人を見捨てることはできません!!」


 パルスはそう叫んで、王宮の外に向かって走り出した。



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