第44話 糸結び

 「あら、この上にさらに贈物を頂くなんて困ってしまいます」


 パルスはそう言いながらも目を輝かせる。


「きっと、お喜び頂けると思います」


 リオはそう言って、クッションにかかっていた糸を抜き取る。

 糸を手にしたリオは、何か手ごろなものは無いかと周りを見回し、椅子の肘掛けに目をつける。

 リオは糸を肘掛けの下に通し、糸の両端を左右の手に持つ。

 そして、肘掛けを軸にして、糸を結んだ。

 ただそれだけのことだったが、その動きがとても滑らかで速かった。

 その動作を目の当たりにしたパルスが目を丸くして驚いていた。

 

「今、何をやったのですか……」


 驚くパルスに、リオは自信に満ちた顔で応える。


「私がパルス様にお贈りするもう一つの贈物とは“糸結び”です」


 そこでリオはさらに1回、2回と違う動きをして、糸の結び目はより強固なものになった。


「私の結び方と全然ちがう……しかも、片方の手は全く動かしていない……」


 リオがやって見せたのは、元の世界で外科医が創処置や手術で用いる結び方であり、俗に外科結びと呼ばれる。

 外科結びには複数の種類があり、リオが実演したのは片手を動かさずに結ぶことができる片手結びというものである。

 両手を使う両手結びの方が、外科結びの基本であるのだが、リオはあえて片手結びをやってみせた。

 どちらの結び方も創をしっかりと強固に結ぶことができる技術であるが、両手結びは素人目には普通の結び方とあまり変わらないように見える。

 一方、片手結びは片手を固定したまま、反対の手を動かしているだけで結び目ができてしまうので、知らない者からするとまるで手品のように見える。

 リオは、外科結びの技術的有用性を直感的に伝わるように、いわばパフォーマンスとして片手結びをやって見せたのだ。


「川辺でパルス様の縫合を見たとき、とても驚きました。私も傷の縫合を行いますが、私よりも早くきれいに縫えていました。ですが、パルス様がこの結び方を習得されれば、恐れながら、より効率よく、より高度な縫合ができるようになると愚考致します」


「まったく、おっしゃる通りです!! この結び方を教えてください!!」


 パルスは目を輝かせて懇願した。


「では、僭越ながらご指導させて頂きます。ですが、今お見せしたのはやや上級者向けの結び方なので、まずはより基本の結び方から始めさせて頂きます。ですので、最初は地味なトレーニングになりますがよろしいですか?」


「もちろんです!! 私も王族ゆえ、幼少期には様々なお稽古事を習っておりました。ですから、何事も基礎が肝要であることは十二分に理解しております!!」


「わかりました。では、さっそく始めましょう。まずは、“両手結び”から」


 かくして、リオの外科結び講座が始まった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る