第43話 針刺

「1つは、より小さい傷をより小さい針で縫おうとしたら、この器具を使ったほうがやりやすいです」


 持針器じしんきは手元のほうが大きく、先端は小さい。

 ゆえに大きな動きが小さな動きになるので、細い作業がしやすいのだ。


「もう一つは安全性です。パルス様、ご自身の手で縫合処置を行っていて、ご自分の指を針で刺したことはありませんか?」


「ありますが.........」


「処置に使った針には血液が付着しています。その針で指を刺してしまうと、血液を介して病気が感染うつる可能性があります」


 リオが前世で働いていた医療現場では、患者血液が付着した針で医療従事者がけがをすることがしばしばあり、“針刺し事故”と呼ばれる。

 針刺し事故で何が問題かというと、血液の主が罹患している感染症が、針でけがをした医療従事者に感染ることがあるのだ。

 主にB型肝炎ウイルスやC型肝炎ウイルス、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)などで感染が報告されている。


「それは本当なのですか!? 」


 パルスは焦った。

 パルスの縫合処置は、服の裁縫のように手で直接針を扱っており、指に針が刺さる危険が高い。

 特に刺した針が皮下を潜って再び外に顔を出すとき、予想していた場所と違うところに出てくることがあり、特にけがをしやすい。


「私が処置中に針で指を刺してしまったのは一度や二度ではありません!!


 焦るパルスをリオは慌ててなだめる。


「ご安心下さい。処置を行っていた患者が血液感染する疾患を持っている可能性はそこまで高くありませんし、感染した血液が体内に侵入した場合でも、感染が成立する可能性も高くはありません」


 可能性が低いと聞いてパルスは胸をなでおろした。


 針刺し事故で感染が成立してしまう確率はウイルスによって違い、B型肝炎30%、C型肝炎1.5〜3%、HIV0.3%と言われており、それほど高くはない。


「ですが、高くはないというもののゼロではありませんし、今後は対策を徹底されるべきです」


 リオの言う通り、いずれのウイルスも感染してしまったときの被害が大きいので、事故予防に努めなければならない。


「パルス様は第一王女であらせられるのですから尚更です。これらの器具を使えば、針のそばに手がくることを避けられますので、針刺しのリスクが下がります。今後は縫合処置の際にはこれらの器具をお使い下さい」


 リオは箱の中に器具を戻し、箱をパルスに差し出す。


「ありがとうございます。本当に素敵な贈物です。大切に使わせて頂きます」


 パルスは箱を受け取り、感謝に満ちた顔で恭しく頭を下げた。


 だが、そんなパルスをよそに、リオは不敵な笑みを浮かべた。


「パルス様、恐れながら、実はもう一つ受け取って頂きたいものがございます」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る