第42話 機構

「聡明なパルス様であれば、針の穴の構造をよくご覧になれば、どういう仕掛けになっているかお分かりなると思います。どうぞ、ご覧ください」


 リオはそう言って、糸の通った針を持針器じしんきごと渡した。


「針の形も気になっていました。私の使う針と大まかな形状は同じですが、確かに糸を通す穴の形が違います」


 パルス王女の針は形状こそ反円状に曲がってはいるものの、糸を通す穴は普通の裁縫針と同じだった。

 一方リオの針の穴は、細長いUの字で両方の先端が小さな三角形になっていた。

 その三角形の頂点が互いに接して閉じているが、上から圧力をかけると広がるようになっており、糸はここから入ったのだ。

 この構造はバネあなまたは弾機孔だんきあなと呼ばれるもので、リオがやって見せたように簡単に糸を穴の中に通せるのだ。


 パルスは穴の構造を見て全てを理解し、ため息をついた。


「針の細い穴に糸を通すのはとても細かい作業です。急いでいるときなどは焦って逆に思い通りにいかず、煩わしく思っていました。でも、この針を使えばそんな思いをすることもないし、なにより作業効率が上がります」


 パルスはリオの方を振り返る。


「これはリオさんが思い付いたのですか?」


 キラキラとした尊敬の眼差しを向けられ、リオは困惑した。


「えーと、それは、その.........」


 この機構はリオの前世の世界の技術であり、リオが思い付いたわけではない。


「わ、私の故郷の技術です..........」


「素晴らしい技術です。リオさんのご出身は?」


「えーと.........」


 リオはてきとうに誤魔化そうしたが、パルスの追求に答えに窮する。

 リオのこの世界の故郷は、アンブロワーズ王国内のただの田舎で、こんな技術はない。


 あわあわと焦っているリオの様子を見て、パルスはなんとなくリオには何か言えない秘密があるのだろうと察した。


「不思議な方ですね」


 パルスはそう言って、くすくすと笑った。


「不躾な詮索をしてをして申し訳ありませんでした。続きを見せてください」


 パルスは持針器をリオに返した。


「かしこまりました」


 リオは胸をなでおろしながら、持針器を受け取る。

 そして、鞄から取り出していたクッションをテーブルの上に置いた。


「このクッションを皮膚にみたてて、縫合を行います」


 リオは持針器を右手に、鑷子せっしを左手に持ち、鑷子でクッションの表面を掴み、クッションに針を突き刺す。

 それから持針器を持った右手をくいっと捻り、針はクッションの中で半円を描いて、刺入部から少し離れたところに針先が顔を出す。

 出てきた針の先端を鑷子で掴んで引き抜くと、糸が針の通った道をくぐり、クッションに浅く糸がかかった状態になる。


 パルスはその様を見てうーんと唸る。


「なるほど、よくわかりました。しかし、あえてこれらの器具を使う理由はなんですか? 私はいつも手で直接針を持って縫合していますが、特に困ってはいません」


 パルスの問いに、リオを指を二本立てて前につき出して答える。


「理由は2つあります」



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