第37話 病院

 礼拝所は一般市民の住宅の10倍くらいの大きさがあり、100人くらいは収容できそうだった。

 男の住人たちが礼拝所の中から長椅子をどんどんと外に運び出し、それと入れ替わるように女の住人たちが各家から布団を集めて運び込んでいく。

 外にはどこかしらから借りてきた大鍋が数個あり、火を起こして大量のお湯を沸かしている。

 手洗い用水や患者への経口補液、その他治療に使う滅菌水を供給するためのものだ。


 おおよその準備が整い、いよいよ感染者の搬入が始った。

 リオの噂は周辺の地域にも届き、多くの感染者が連れてこられており、結局礼拝所のキャパシティギリギリとなった。

 感染者の多くは衰弱しており、身の回りのこともままならい者がほとんどだった。

 とても看護の人手が足りないので、リオは長を通して周辺地域の既感染者にも協力を呼びかけた。


 搬入される患者の中にはオットーの父オラフも含まれており、ライナに背負われて連れてこられた


「なんか.........ちょっと別行動してる間にすごいことになりましたね.........」


 礼拝所の周辺の有様を見てライナは唖然とした。

 すでにリオのプロジェクトは1000人近い住民を巻き込んでいる。

 ライナは改めて、リオの影響力と行動力の凄まじさを痛感した。


「これでも、まだ王都の数百分の一よ。それにこれからが大変よ」


 そう言ってリオは礼拝所の白い外壁に、礼拝所内の模式図や患者のリスト、ボランティアの既感染者のリストなどを書いていき、看護運営計画を考え始めた。

 ボランティアで集まった既感染者は10人強で、搬入された感染者は100人弱であり、およそ10対1の比率である。

 リオが働いていた日本の病院における看護師配置に照らし合わせて考えると、10対1という数字は急性期ではあるが重症度は高くない病棟に相当する。

 数字的はなかなか妥当なところになったが、何もかもがゼロから構築したものであり、どのくらい思い通りに機能するかは出たとこ勝負であった。


 おおむねの計画が立ったところで、リオはボラティアの既感染者スタッフを集めて業務内容について説明した。

 と言っても、オラフに使ったような点滴も麻黄湯も微々たる量しかない。

 できることとしては、濡れた布で体温を下げる、即席の経口補水液を飲ませる、その他身の回りの世話といったところだった。


 あらかたの業務内容を説明し終えて、ボランティアスタッフはマスクと手袋を着用し、患者のところに散らばっていった。


 その光景を見て、ライナが呟く。


「こんなふうに、病人が一箇所に集まってるのってなんか異様だな.........」


 この世界には医師も看護師も存在しないため、病院という概念もない。

 患者はそれぞれの住居で民間療法を行ったり、白魔術師の治療を受けたりというのがこの世界の医療体制なので、目の前で繰り広げられている光景は、ライナを始めこの世界の人間たちにはとても不可思議なものだった。


「え、 そう?」


 そんなライナの反応を理解できず、リオは首をかしげた。


 リオは気づいていなかった。

 これが、この世界初の“病院”の誕生であったことを...........



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