第35話 対策
住民たちの歓声が落ち着いたところで、リオは市民講座を再開した。
感染症とは何なのか?
ウイルスとは何なのか?
インフルエンザとは何なのか?
リオは、元の世界の医学書的な文言を避け、可能な限りこの世界の人々にもわかりやすい言葉や表現を選んだ。
さらに、壁にイラストを描いて、聴衆の視覚に訴えかけて、理解を促した。
住民たちは今まで触れたこともない概念や考え方を目の当たりにし、ときに驚き、ときに理解に苦しみながらも、リオについていった。
そして、後半、最も重要な感染対策。
インフルエンザの感染経路は飛沫感染と接触感染である。
飛沫感染は咳やくしゃみなどにより口からまき散らされる粒子を吸い込むことで感染し、接触感染は病原体で汚染された衣類、ドアノブ、ベッド柵などの、環境との接触によって伝播する。
ゆえに、飛沫感染対策としてマスクの着用、接触感染対策として手洗いが重要になってくる。
この世界ではマスクという存在自体が普及していないため、長めの布で鼻と口を覆うよう指導した。
手洗いに関しては、消毒薬が欲しいところだがこちらもこの世界には普及していない。
ヘルメス伯爵が大量生産した消毒液を持ってきてくれることになっているが、当座は煮沸した水で手洗いをするしかない。
一通りの感染対策の指導を終え、リオの公開市民講座は幕を下ろした。
住民の長が代表でリオに礼を言った。
「リオ様、本当にありがとうございました。全く見たことも聞いたこともない知識で、我々は神と出会ったよう気持ちです」
「お礼はまだ早いですよ。いくら知識を身に付けても、実践し、成果を得なければ意味がありません。今言った感染対策をすぐに実行に移しましょう」
「ええ、すぐにでも。しかし、感染対策というのはなかなか難しいですな。口元を布で覆うのはさほど難しくありませんが、手洗いはかなり困難です」
長の言う困難というのは、手を洗う水のことであった。
この世界にはまだ水道という技術が確立していない。
住民たちが使う生活用水は、全て共用の井戸から汲んでくる。
その井戸は感染者が利用している可能性もあり、すでに汚染されていると考えるべきである。
そのため、使用前には煮沸しなければならないわけだが、都市ガスがないこの世界ではこれがまた煩雑である。
全ての家で行わないとしても、少なくとも感染者のいる家では徹底しなければならない。
だが、ほとんどの家に一人二人は感染者がいる状況であり、結局ほぼ全ての家で煮沸した水による手洗いをしなければならない。
その点はリオも長同様懸念していた。
リオはうーんとうなって考える。
感染対策って、確かに面倒なのよねー............
リオはまた前世のことを思い出していた。
パンデミック中の感染病棟の光景が、リオの頭の中に浮かぶ。
特にあのうっとおしいマキシマム・プリコーションを着たり脱いだりするのなんか.........
そこでリオはあることを思いつき、ポンと手を打った。
「個々の感染対策を緩めるいい方法があります」
妙案を思いついたと思しきリオに、長はすがるように問いかける。
「その方法とは?」
リオはニヤリと微笑んで答えた。
「ゾーニングです.........」
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