第28話 権利

 リオが見つけたインフルエンザ濾胞とは、文字通りインフルエンザにみられる特徴的な所見であり、ある調査では感度(病気の人を検出する力)95.4%,特異度(病気でない人を検出する力)98.4%と報告されている。

 つまり、このインフルエンザ濾胞が見つかった場合、インフルエンザである可能性は100%とは言わないまでも、極めて高いのだ。


 リオはこのあとの戦略を考えた。


 相手がインフルエンザならばが効く.........

 だけど、オラフさんは衰弱が激しくて今は薬が飲めない.........

 薬が飲めるところまで状態を改善させないと............


 リオはオットーと母親に向き直った。


「オラフさんを治すことできます」


 リオの言葉にオットーの表情は明るくなるが、母親の方はまだ半信半疑の様子だった。


「すみません、治療のために今夜一晩泊まり込ませていただけませんか?」


 オットーは「もちろん、いいよ!!」とうなずき、母親も渋々了承した。


「では、お二人はいったんこの部屋からでてください。伝染病が伝染る可能性がありますので」


 オットーと母親が部屋を出ていったあと、リオは部屋の窓を全て開けた。

 部屋を常に換気して、ウイルスに感染しにくくするためだ。

 ここでリオたちが感染してしまったら、元子もない。


 リオは次に鞄の中から点滴の革袋をいくつか取り出した。

 リオの読みでは脱水を補正すれば、なんとか薬を飲めるようになる。

 今夜一晩かけてしっかりと点滴を投与し、状態を回復させる目論見だ。


「なあ、お嬢、ちょっと聞いていいか?」


 準備を進めるリオにライナがそう問いかける。


「何?」


 リオはそう応えつつも、無理もないと思った。

 ウイルスとは何なのか、インフルエンザとは何なのか、このあとの治療はどうするのか、なんで窓を開け

たのか、など、ライナが疑問に思うだろうことは山ほどあった。

 だが、ライナの質問はリオの予想外のものだった。


「治療の説明をするとき、なんでいつもの『安心してください。これは最新の白魔術です』を言わなかったんだ?」


 その質問に、リオは「あー、そこかー」と思った。


 これから同じ方法で王都の患者を治療していけば、やがてリオの手法が白魔術でないことが程なくバレるだろうことを説明した。


「あー、なるほど」


 ライナは納得した。


「それからもう一つ、そろそろそんな患者に嘘を言うやり方を改めなきゃって思ってたのよ」


 リオは元の世界で学生だった頃、医療倫理の授業で習った“リスボン宣言”のことを思い出した。


 リスボン宣言とは、1981年にWMA(世界医師会)が採択した患者の権利関する宣言だ。

 その宣言の中に“自己決定の権利”と“情報に対する権利”というものがある。

 要約すると患者は病気や治療について知る権利があり、どういう治療を受けるか自分で決定する権利があるということだ。


 その理念に照らして考えると、リオの『安心してください。これは最新の白魔術です』は悪手と言えた。


 リオはいいきっかけだと思い、やり方を改めることにしたのだ。


 この世界の人達に医学を理解してもらうのは簡単じゃない.........

 でも、根気よく、真摯に伝えていけば、この世界の人達にもいつか理解してもらえる.........


 リオはそんなことを考えながら、ライナの方を見た。


 すでに私には理解者がいるしね.........


 リオから向けられた眼差しに込められた意味がわからず、ライナはキョトンとするばかりだった。

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