第26話 鑑別

 リオは点滴の刺入部の周りを包帯で巻いて固定しながら、改めて考えを整理した。


 事前情報とオラフの症状を総合すると、この伝染病の主症状は、高熱、咽頭痛、頭痛、関節痛、倦怠感、咳、痰、鼻汁などである。

 これらの症状から上気道炎であるのは間違いない。

 問題は原因病原体が細菌か、ウイルスか。

 細菌感染は基本的に局所の感染であるため、鼻なら鼻だけ、喉のなら喉だけ、肺なら肺だけに感染し、症状もそれらの部位に関するものに限られる。

 だが、咽頭痛に、頭痛に、関節痛に、咳に、痰に、鼻汁にと、これだけ症状が全身に散らばっているのは細菌性では考えにくい。

 さらに細菌性の呼吸器感染症でこれほどの伝染力を持つものとなると、結核、マイコプラズマ、百日咳だが、これらの疾患とは臨床症状が大きく異なる。

 結論、やはりこの伝染病はウイルス性上気道炎である可能性が高い。

 となると、治療は基本的には対症療法しかない。


 細菌とウイルスは似て非なるものである。

 予防法や対症療法はほぼ共通しているが、根本治療の薬物が全く異なる。

 細菌感染の治療薬は抗菌薬(いわゆる抗生物質)であり、ウイルス感染の治療薬は抗ウイルス薬である。

 リオは、抗菌薬については研究開発中であるが、抗ウイルス薬についてはとっかかりすら掴めていない状況なのだ。


 対症療法でいくしかない。

 だとしても、やはりこのウイルスの正体をはっきりさせておきたい。


「オラフさん、急を要したので、応急処置を先に始めさせて頂きましたが、これから伝染病の正体を明らかにするために全身をくまなく診させ頂きます」


 リオは再びオラフの手を握った。


「よろしいですか? よろしければ手を握り返してください」


 数秒後、オラフはリオの手を握り返した。


「ありがとうございます」


 リオは礼を言って、鞄から聴診器を取り出し、全身の診察を始めた。


 眼球結膜、眼瞼結膜、瞳孔径、径光反射、鼻腔、口腔粘膜、舌、咽頭、耳腔、頸部リンパ節、胸部、呼吸音、腹部、腸蠕動音、陰部、上肢、四肢........


 一通りの診察を終え、確認できた所見としては、顔面の紅潮、眼球結膜の充血、鼻粘膜の発赤・腫脹、咽頭の発赤であった。

 だが、これらはウイルス性上気道炎で広く見られる所見であり、何のウイルスと特定できるものではない。

 たとえば、麻疹では口腔粘膜疹や全身の皮疹などで特徴的な所見があり、それまでの熱の経過なども合わせると、検査なしで診断することも可能だ。

 だが、この伝染病にはそれがない。

 リオが元いた世界でも、特徴的な所見がないウイルス感染症では抗原検査やPCR検査をしなければウイルスの種類を特定することは不可能だった。

 それらの検査は極めて高度な科学技術であり、リオの知識と技術では今のところ再現のしようがない。


 リオはため息をついた。


 何か.........

 何か忘れていないか.........

 ウイルスを特定できる身体所見........



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