第18話 少年

「スリ.........」


 リオがそう呟くと、少年は否定も肯定もせずそっぽを向いた。


 嘘でしょ.........

 こんな子供が.........


 リオの驚愕を見透かしたように、ライナが語る。


「別に珍しくないっスよ、お嬢。この国は比較的豊かだから治安は全体的にいいスけど、近隣の貧しい国じゃ、子供のスリなんてごろごろいます。そして、今、この王都もそういう状況になりつつあるってことスよ」


 王都の伝染病は、もうそこまで人々を蝕んでいるってこと.........


 リオは無意識に憐れむような目を少年に向けてしまい、それに少年が反応しリオにくってかかる。


「お前らよそ者に何がわかる!? 俺だってこんな汚いことしたくない!! 俺の父ちゃんは伝染病にかかって仕事ができなくなっちまったんだ!! うちには小さい兄弟がたくさんいるんだ!! こうでもしなかったら.........」


 そうまくしたてている少年の後ろ襟をライナはさらに持ち上げ、少年の顔を自分の方に向ける。


「なんだよ.........」


 たじろく少年の額にライナは頭突きを食らわした。


「いってー!? なにしやがんだ!?」


「俺はお前より小さい頃に親父が死んだ。お前の年の頃には戦争で歩兵をやってた」


 ライナはいつもの気だるそうな口調のまま、少年に語りかけた。


「俺がお前より不幸だというわけじゃない。だが、俺やお前より不幸な奴は世の中にゴロゴロいる。この世は不条理にできてる。生きてくためだったら、スリだろうが盗みだろうが大いにけっこう。だが、自分の不幸をひけらかして、同情買って自分の自尊心を慰めるようなみっともない真似はすんな」


 ライナは少年を下ろした。


 少年は唇を噛み締めて黙っていたが、しばらくしてわんわんと泣き出した。


「ライナ」


「へいへい、すみませんでした」


 リオがライナをたしなめるが、ライナはさして反省している素振りもなくそっぽを向く。


 リオはなんとなくライナの気持ちを理解できた。

 どこか過去の自分の重なるところがあって、つい、らしくもないことを言ってしまったのだと。


 リオは思った。


 でもね、ライナ..........

 この子はきっと、子供のときのライナほど強くないよ.........

 この子には助けが必要だ.........


 リオは屈んで、少年の顔を正面から見た。


「同情はしない。けど、あなたとあなたの家族を助けてあげる。私はそのためにこの王都に来たんだ」


 少年は涙を拭い、リオの顔を見た。


「あんたに何ができるって言うんだ? あんたはなんなんだ?」


 少年の声は不安と猜疑心に満ちていたが、わずかな期待を含んでいた。


 リオは不敵な笑みを浮かべて答えた。


「私は、“白魔術師”よ..........」



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