第3話 発熱

 リオはすぐに身支度をした。

 白を基調とした白魔術師のローブに身を包み、長い金髪を三編みに纏める。

 白魔術(リオの場合は医術だが)の道具が一式詰まった革製の鞄をひっつかみ、部屋を出て、となりの客室の扉を叩く。


「ライナ!! 起きて!!」


 しばらく扉を叩き続けて、ようやく中から人が出てくる。


「なんスか、お嬢? こんな朝早く.........」


 中から出てきたのは、長身で茶髪の20代前半くらいの青年だった。

 頭はボサボサで、眠そうな目をこすり、めんどくさそうな顔をしている。


 青年の名はライナ・ストランド。

 リオが諸国を旅すると決めたとき、実家の両親が護衛兼お目付け役として、彼を送り込んできたのである。

 以来、リオはずっとライナを伴って旅をしている。


「早くないわよ!! 街の人達はもうとっくに動きだしてるわよ」


 リオは両手を腰にあて、だらしないライナを嗜める。

 ライナはお目付け役というにはあまりにも怠惰で、現在ではむしろ立場が逆転している。


「発熱の高齢男性がいるらしいの。街の人の話によると王都の伝染病かもしれない」


「うわ、マジすか.........」


 ライナはあからさまに嫌そうな顔をして尻込みする。


「で........行くんスか........」


「当たり前でしょ!!」


「ですよねー.........」


 リオはやる気まんまんで燃えたぎり、ライナはげっそりして肩を落とした。




 リオに急かされ、ライナはいそいそと身支度を整え、二人は宿を出た。

 宿を出てすぐ、熱を出している老人の話をしている一団を見つけ、声をかける。


「失礼!! 私は白魔術師のリオ・クラテスというものです!!」


 声をかけられた住民たちはリオの姿を見て、皆ぷつりと言葉を止めた。

 深い青色の大きな瞳、雪のように白い肌、輝く金髪、理知的な顔立ち。

 まるで智の女神かと思う美しさで、住民たちはひれ伏したくなるような衝動にかられていた。


 一方その後ろでライナが、「あーあ、騙されてる」という顔をしていた。


「私は、王都の伝染病の調査に向かう途中です。発熱しているご老人がおられるとのことですが、詳しくお聞かせいただけませんか!?」


リオの申し出に住民たちは諸手を上げて喜んだ。


「おお、白魔術師様とは渡りに船だ!! その老人のところまでご案内します!!」




 住民に案内され、リオとライナは熱を出しているという老人のところに向かった。


「ここです」


 連れていかれたのは靴屋だった。


 案内してくれた住人が店の扉を開けようとしたが、リオが制止する。


「ありがとうございます。ここからは私たちだけで」


 リオはカバンを開き、中からマスクと手袋を取り出した。


 この世界のこの時代にはまだ病原体という概念が確立していないため、マスクという存在も定着していない。

 せいぜい粉塵や砂埃を防ぐために口元に布を巻くといった程度である。

 しかし、リオの取り出したマスクは楕円形で口元にピッタリとフィットする形で上下に2本のゴム紐がついている。

 元の世界のN95マスクをイメージしてリオが作ったものである。

 手袋も布製ではなく、ゴムでできており、液体も微粒子も通さない。


「これ、息苦しいからヤなんですよねー」


 リオからマスクと手袋を渡され、ライナは嫌そうな顔をする。


「相手は未知の伝染病よ。これでも軽装過ぎるぐらいなんだから」


 リオに窘められ、ライナは渋々マスクをつける。


 リオはマスクと手袋を装着し、店の扉に手をかけた。


「さあ、行きましょうか.........」



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