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途中で幸太郎が気づいて歩行速度を緩めてくれたが、僕はうっすらと汗をかいていた。幸太郎から軽く謝罪を受け、僕たちは靴を履き替えたのち教室に向かった。
僕たちはクラスが違う。僕は幸太郎と教室の前で別れ、ドアに手をかけた。詳しい事情を知らないクラスメイト達の反応を思うと、ちょっとドキドキした。すると離れていったはずの気配が戻ってきた。
「そうだ、真。おせっかいかもだけど、お前のクラスのダチにさ、お前のこと、色々頼んでおいたから。休んでた分でわかんないこととかあったら、そいつに聞いてもいいからな」
ちょっと過保護すぎるとは思ったが、あまり幸太郎に心配をかけるのも迷惑かと思ったため、僕はできるだけ満面の笑みを作り頷いてみた。幸太郎の目元が笑った。今回はちゃんと笑ったようだった。
教室のドアを開けると、それまでざわついていた教室が静かになった。しかしそれも一瞬で、すぐに宿題はしただの昨日のドラマは観ただの、何でもない日常会話に溢れた。僕は席に着くと、いつものようにカバンを机の横に引っ掛け、中からペンケースのみを取り出し机の上に出した。時計を見るとホームルームまで時間がある。
「おう、黒田おはよ。お前が休んでた時の授業ノートなんだけどまとめたやつ、お前の机の中に入ってるからな」
岸という男子生徒が話かけてきた。おそらく、幸太郎が言っていた友達だ。幸太郎とは違い、明るく口数が多そうだが良い奴そうだった。机に手を入れ中身を探ってみると、ノートが一冊とクリアファイルに入れられたプリントの束が出てきた。ノートをパラパラめくると授業の内容が細かく記されていた。字は汚かったが何とか読める。
「あ、わり。俺字汚いから、もし読めなかったら言ってな。プリントもできるだけ教科別にまとめておいた。もしわかんないことあったら聞いて」
さすが幸太郎の友達だ。類は友を呼ぶというが頷ける。
「ありがとう、助かる。お言葉に甘えてわからないことは聞くよ」
僕と岸の会話中も、クラスの雑談は僕らを気にも留めず続いていた。そんな、現実にも小説にも出てくるようなありふれた教室の一コマだったが、僕は気味の悪さを感じていた。
みんなに見られている。これは最近では特に馴染みのある視線だった。
(学校に来てる…)
(あんなことあって、よく平然としてるよな)
(大丈夫?無理してないかな)
(あいつの家呪われてるんじゃね)
(実はあいつ、母ちゃん殺っちゃったんじゃね)
好奇、配慮、疑心…。様々な私見が絡んだ視線は気持ちの良いものではなかった。
人の気持ちがわからないと自負している僕でも、さすがにこの視線の数と質には居心地が悪かった。
僕は岸が付いてこようとするのをやんわりと断り、できるだけ自然に立ち上がり、努めて何食わぬ顔をして教室を出た。
その間、教室のざわめきは止まることなく、ありふれた日常のBGMに徹しているようだった。
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