「おはよう。ちゃんと起きてたな」

「幸太郎おはよう。迎えに来るなんて珍しいね」

 いつもなら幸太郎は部活の朝練があるから、もっと早くに学校に向かっているはずだった。もうすぐ高校入って初めての練習試合があるからと張り切っていた。

 大方、今朝のニュースでも観てしまったのだろう。それで僕が心配になり、気を使って一緒に登校しようとしてくれた。そんなところだろう。幸太郎はこういう気遣いができるから、いつも誰かに囲まれているのだと思った。僕は、これは一種の才能だと思った。もちろん、僕にはない才能だ。


 僕たちは学校に向けて歩みを進めた。街中の学校のため、歩いて登校している生徒も多い。

 幸太郎と並んで歩いてはいるが、聴こえるのは互いの息遣いと靴音だけ。当然と言えば当然だ。女子ならまだしも、いつも別々に登校している男子高校生なんて、いざ一緒になったからといって、すんなり話題なんて出てくるはずもない。それでも僕は、せっかく気を使ってくれた幸太郎に、この沈黙は失礼に思えた。僕は必死に話題を探した。と言っても、ここ数日は母さんの葬儀やらなにやらで忙しく、幸太郎も参加できるような話題は仕入れられていなかった。

「そういえば幸太郎、今朝のニュース観た?母さんのことやってたけど、大事になっちゃった」

 僕選んだ話題はそのシチュエーションにおいて、一番ふさわしくないものだったらしい。幸太郎は立ち止まり、はっとして僕の顔を見た。そしてかすかに歯を食いしばったかと思うと、僕から顔を背けた。

 幸太郎はしばらく直立不動で僕の顔を見てくれなかった。かなり言葉選びに苦戦しているようだった。ここまで幸太郎が困ると思っていなかった僕は、困惑した。

 幸太郎が僕に顔を向けてくれた時には、表情がちぐはぐになっていた。口角は上がっているが、目が笑っていないように感じた。僕はかなり幸太郎を困らせているようだ。

 幸太郎は無理やり作った笑みを慎重に解き、真綿に包んだ言葉が壊れないようにゆっくりと話し出した。

「ああ、ニュースな。観たよ。あれな…。まあ、どうだろな。おおごとっちゃおおごとだけど。どうせワイドショーだしな。センセーショナルな話題にするために脚色してる部分もあるんじゃねえの。ああやって、騒ぐのが好きな連中もいるだけだって。だからさ、あの。おおごとっちゃおおごとだけど、コメントとか、周りの反応とか、気にしすぎるなよ」

 優しく包まれた言葉は、僕の身体にふわっとぶつかるとそのまま地面に溶けて消えた。おかげで、あんまり頭の中には入らなかった。ただ一つ、幸太郎が僕にかなり気を遣っているということは痛いほどわかった。

「うん、そうだね。ありがとう。困るようなこと言ってごめん」

 僕は当たり前の言葉を返した。小太郎が安堵したように息を吐いた。

「うん、大丈夫だ。それよりさ、今日の一限目なんだけど…」

 幸太郎はかなり強引に話題を変え、歩き出した。さっきまでとは違い、速足に感じた。立ち止まった場所から、一刻も早く逃げ出したいとでもいうように。

 僕より身長の高い幸太郎のストライドに合わせるために、僕は駆け足にならざるを得なかった。息が上がってきた僕は、幸太郎の話に相槌を打つだけで精一杯になっていた。



 



 
































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