2章 イチイの繁るところ

 僕は結構時間にルーズなほうで、基本的には遅寝遅起きだったが、今日だけはなんだかいつもより緊張感があり、早く起きてしまった。身支度を済ませ、朝のニュース番組を聞き流しながら朝食の食パンを焼いた。

 母さんが捕まる前は、母さんの方が早くに出かけてしまうため慎太と僕の朝食、僕の弁当、慎太の保育園など、僕の朝は意外と忙しかった。慎太がいなくなっても、母さんに会いに行くというイベントがまだあったから、日々の生活に張り合いがあった。

 今はテレビ画面のデジタル時計が変わる瞬間をとらえることくらいしか、やることがなかった。

 ただ何となくテレビ画面に目を向けパンをかじっていると、母さんのことがやっていた。司会者がコメンテーターたちに向かって言った。

『先日自殺した黒田しず香容疑者ですが。自分の子供を殺して、しまいには自殺ですか…。確かこの人、もう一人子供いたでしょう。本当に子どもがかわいそうですよ、どうしてこういうことしちゃうんですかね…』

 僕を哀れむ如何にもな表情を作り語るこの中年司会者に、初めは疑問を抱いた。

 どうしてすぐに『かわいそう』なんて思ってしまうのか。この司会者は僕のことなんて見たこともないし、直接話を聞きに来たことも、もちろん無い。僕に対して、ほんのわずかな情報しか持っていない奴にこうだと決めつけられるのは面白くなかった。

 番組は僕の父さんが自殺したこと、母さんが弟を殺すまで至った経緯をフリップや、近隣住民の声を交えてああだ、こうだと語る。僕の家族が僕の知らないところでどんどんゲームやアニメの登場人物のようにキャラメイクされていく。司会者が問いかけるとコメンテーターがやれ、その会社には過去にも同じようなことがあっただの、苦しいときは一人で抱え込まないでここに連絡をなどと、インターネットで検索すればすぐに出てくるような情報を吐く。

 僕はもどかしくなった。この人たちはどうしてまだ生きている、身内である僕に直接話を聞きに来ないんだろう。こんなに『〇〇だったんですかね』だの『〇〇の可能性があります』だの言うんだったら、僕に話を聞いて憶測を真実にして報道すればいいじゃないか。

 そして僕ははっとした。そうしてたくさんの人に真実を知ってもらって、たくさんの意見を聞けば、どうして母さんが自殺してしまったのかの理由がわかるのではないか。そうだ、今からでもこのテレビ局に連絡を取れば良いのではないか。

 そんな風に考えているといつもは鳴らないチャイムが鳴った。

 僕はまだ半分以上残っているトーストをゴミ箱に捨て、家族への挨拶もそぞろにバタバタと玄関に向かった。




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