母さんの葬儀はあっさりと終了した。近隣住民からの哀れみや好奇の視線は多少気になったが、僕にはどうでも良いことだった。納骨までを済ませ、さっさと帰宅した。玄関から真っすぐ伸びた廊下の先の居間に、僕は貴重品をしまっていたバッグを置く。ふと僕は、障子が少し開いていることに気づき、障子に近寄った。居間の奥には畳の座敷があって仏間となっており、そこには僕以外三人の遺影と位牌が置かれている。遺影の三人は誰もかれも笑っており幸せそうだった。まるで生きていた時より死んでからのほうが楽しいと僕に伝えようとしているみたいだった。

 予定していた事は滞りなく過ぎたが、僕の胸は蟠っていた。今でも母さんの死が理解できていないのだ。

 僕はそもそも母さんには憤りなど感じていなかった。僕は母さんの選択は、母さんの体や心を守るためには間違っていないと思っていた。もし僕を殺して母さんが救われるなら、喜んで命を差し出していたとさえ今でも思う。でも母さんは、弟を殺した程度のことで、自らを生き地獄に突き落としてしまった。自分の幸せより優先していいものはないはずなのに。全てが終わって、今更どうすることもできないが、僕は母さんに生きて欲しかった。こんなに僕を悩ませる母さんに直接話を聞きたかった。

 仏壇の前で悶々としていると玄関チャイムがなった。僕は考え事で少し重たくなった頭を軽くするよう、ちょっと振ってから立ち上がり来客を迎えに行った。玄関の引き戸はすでに開いており、そこには見慣れた幼馴染の幸太郎(コウタロウ)が左手にタッパーが入ったレジ袋を持って立っていた。

「おう、いるなら返事しろよ」

「ごめんごめん。ちょっと考え事してたから」

 幸太郎は僕と同じ高校一年生で、二軒隣の家に住んでいる。ぶっきらぼうだがよく気が利き、面倒見も良い、さらに責任感もあるため野球部の後輩・先輩の信頼が厚いみたいだ。僕の父さんが自殺してから家族で僕の家のことを気にしてくれており、よく食事の面倒を見てくれていた。今の来訪も夕飯を持ってきてくれたのだろう。

 もともとお互いに会話を積極的に進めるタイプではないためキャッチボールは数回で終わってしまう。が、今日は特に少ない。幸太郎の顔を見ると珍しく目が泳ぎ、何やら逡巡している。僕はわざと幸太郎と目を合わせた。口数は少ないが、物事が動かないのもあまり好きではないからだ。幸太郎は助かったとばかりに口を開く。

「もう、色々済んだのか。一人で大変だったろ、ちゃんと飯食えてるか。今日はうちの母ちゃんが多めにおかず入れてくれたみたいだし、米もあるからそのままレンジで温めて食べろってよ。あそうだ、お前明日から学校来るのか?授業のノートとか、忙しくて見れてないかもしれんけど、先生も焦らなくていいっていってたからな」

 いつになく幸太郎が饒舌にしゃべるし、いつもより気の使い方が下手くそだから、僕はおかしくなって笑ってしまった。幸太郎は不思議そうな顔をしたが、僕が笑ったのを見るとほっとしたように頬を緩めた。


 幸太郎が帰ると、ぼちぼち日も暮れてきた。暗闇に備えて余計なものを焼き尽くすような夕日が、僕の悩みも焼き切って消し炭にしてくれるような気がして、しばらく玄関の扉は閉めることが出来なかった。ある程度の時間、全身を夕日で炙った僕は、その熱が冷めないうちに明日の準備に取り掛かった。




 

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