第23話 魔族絶対殺すマン爆誕
生きている木は燃えにくい。そんな知識を聞いたことはあるが、近くを通り過ぎるだけで物質が自然発火するほど高温のファイヤーボールを放ったらどうなるんだろう。
目前を通り過ぎていく
まあ、ファイヤーボールをブッパしたら燃えるだろうな。山火事だ。そうなった時に俺は責任を取れない。全属性の魔法が使えたら、周囲への被害を最小限に留めつつ敵に大打撃を与えられるんだろうが。
俺はまだその領域に至っていない。火の魔法だって「ファイヤーボール」がそこそこ使えているだけで、広範囲に至る火の魔法などが使えるわけでもないから、火の属性すら極致に至ったとは言い難いか。
さて、このスタンピードに対して俺が出した答えは氷の魔法だ。
絶対零度の空気塊を手の内に練り上げ、指先で冷気を弾き飛ばす。カーペットのように真っ白な領域が広がっていき、冷気に触れた靴に霜が降りる。地中の水分が凍結し、あっという間にトラップが完成した。
「敵の数を減らしつつネクサス達と合流しよう」
この氷の魔法は前回と運用を変えてある。広範囲の地面を凍結させて転倒させる現実的な狙いに絞ったのだ。
更にひと手間加えて、転倒先に氷柱を群生させておく。俺達に向かって走ってくるモンスターはこれで自滅を狙えるし、最低でもスタンピードの足止めくらいならできるだろう。
……空を飛ぶモンスターがいなかったら、の話だが。
空飛ぶ敵を撃ち落とすためにも、風の魔法や雷の魔法を憶える必要があるな。もしくは即効性のある火の魔法を覚えるか。いずれにしても足りないものが多すぎる。
一抹の不安を抱えつつ、俺達はトム君の悲鳴の方角へと向かうことにした。
「辺りが暗くなってきましたね」
「まずいな、雨が……」
歩き始めてすぐに雨が降ってくる。雨粒の打ち付ける音が周囲を支配して、トム君の悲鳴どころか足跡すら聞こえなくなってしまう。
「ナシュア、こっちに」
「トウキ様……」
集合場所には到着したが、ネクサスとトム君の姿はない。俺はナシュアを
頼れる男ネクサスがいる以上、トム君が死ぬなんてことはないだろうが……。
考えられる可能性はひとつ。
ネクサス達が探索した方面に洞窟があって、俺達の接敵タイミングと同時にモンスターの大群が溢れ出してきたという可能性だ。だからあの時に悲鳴が聞こえて、かつ2人がこの場所に戻ってきていないのだろう。
ただ、ここで彼らの捜索を再開するのは悪手だ。すれ違いになって無駄な時間を浪費することになる。
そういえば、別行動の際に30分経っても戻らなかったら自分で考えて行動しろ……って決め事をしてたっけ。この場合にも適応されそうだ。
「トウキ様、あちらからモンスターの大群が来ます」
「足止めが効かなかったか?」
鍾乳洞でもあるのだろうか。足止めが効かなかったのだとしたら、また他の洞窟から湧いてきた可能性があるな。
俺は曇天を見上げた。灰色の雲はどこまでも続いている。雨が止む様子はない。降雨によって山火事が消化されるかもしれないから、火の魔法を使えるチャンスでもあるわけだが……。
本当に火の魔法を使っても良いのだろうか?
まず、ネクサスやトム君の姿が見えない。広範囲を焼き尽くすファイヤーボールを生成して、もし射出した先に2人がいたら目も当てられない。
それに、俺の魔法が更なる群れを呼び寄せてしまうかもしれないのだ。
どっちにしても、2人と合流しない限りは魔法も使えないか。
……30分待ってから決めよう。
「…………」
俺の背中にしがみついてくるナシュア。寒さのせいなのか、恐怖のせいなのか、彼女の身体は小刻みに震えていた。俺も少しだけ気分が後ろ向きになっている。
30分ここで待って、2人が来なかったら?
そこから先は「自分で考えて」行動しなければならない。スタンピードよりも寧ろ、自立して行動しなければならないことへの恐ろしさを抱いている気がする。
グルゲストと戦った時はネクサスがいた。魔法に目覚めたナシュアという希望もあった。だからギリギリ踏ん張れた。
今はネクサスがおらず、敵が多い上に正体も不明。俺がナシュアを守らなければならないと来て、今まで以上の重圧に押し潰されそうになっている。
今になって気付いたが、俺はネクサスのことを相当頼りにしていたらしい。
あいつの力があれば大抵のことはどうにかなる。疑いもなくそう思える時点で、ネクサスは俺にとっての精神的支柱なんだろう。
無愛想な人柄から放たれる軽口、大きな背中、確かに居るだけで有難みがあった。
俺みたいな半端者がいるだけでは、震えるナシュアを慰めることすら叶わない。何故なら、俺の心は現代日本に置いてきてあるから。心の底から異世界人に同情できるかと問われれば、微妙な返事しかできない。
だって、異世界に来てまで悲しみとか苦しみとか考えたくなかったし。
ここは苦しみや不安とは無縁の世界。長所だけの良い所取りができて、かつ優越感に浸れるような場所。それが俺の中の「異世界」だった。
正直、こっちに来た直後は本気で嬉しかった。でも、たった1週間の異世界生活でボロクソにされた。魔法チートはあるが、それ以上に敵が強くて実感が薄い。心身共に追い詰められたことは数知れず。
現代日本で上手くいかなかったのに異世界でも上手く行かないって、何の冗談だ?
金はねぇし、彼女もいねぇし。そんなの、現実の延長でしかないじゃん。
イライラするよな。何でこんなに上手くいかねぇの、って。日本で負け犬だったんだから、こっちで勝ち組になってもいいじゃん、って。
つまり何が言いたいかって?
不満と不快感が積もりまくって、いい加減ブチ切れそうってことだ。
俺は信じたかった。異世界生活が希望に満ちたものだと。
だが、ダンジョンの理不尽さ、魔族の厄介さ鬱陶しさ、その他諸々を味わっていい加減分かった。
夢を見るのはやめよう。この世界は全然キラキラしていない。現代日本以上にクソな部分がある。
認めよう。人生はクソであると。逃げた先に楽園など無いのだと。
日本と違うのは、魔法が使えてハッピーってことだ。これさえ極めれば俺はこの世界をぶち壊せる。
煮え滾る怒りと諦めに近い悲壮感で以て、初めて俺は現実を認識した。
「ナシュア、大丈夫だ。俺がついてる」
「……! は、はいっ」
ヤケクソだからこそ達観した俺の様子に、ナシュアの表情が明るくなった。
スタンピードも魔族も俺が全部ぶっ飛ばす。そいつら全員ぶっ殺せば夢の異世界生活が待ってるんなら、俺は喜んで全員消し炭にしてやるね。
魔族とかいう連中がいなければ、過去のウィンターが手を焼くことはなかった。村人も災害やスタンピードに怯えることは無かったし、ネクサスは左腕を失わずに済んだ。ナシュアの故郷も襲われなかったかもしれない。
魔族マジ終わってる。
魔族滅ぼそう。
「30分経った。ナシュア、洞窟の中に攻勢をかけるぞ」
「えっ!?」
右手に火の魔法、左手に氷の魔法を装填しながら、俺はスタンピード及び洞窟の方へと歩き出した。
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