第22話 服を着る


 地震の被害は軽微なものであった。家具が倒れたり、日用品が壊れたり、村を囲む柵が一部浮き上がったり。


 ……いや、これは結構な被害なのでは?

 地震大国に慣れているせいか、大きな被害のレベルが激甚のイメージに限定されている。慣れというのは怖いものだ。


 柵を建て直して一夜開けた後、俺達はヨボヨボの村長に「ゴブリンの群れと地震の原因を突き止めに行く」と告げた。村長は大変な喜びようであった。


「おおおぉ……! 流石は大賢者様じゃあ!」


 どっちの意味で大賢者と言っているのかはともかく、再び頭を下げられる。これまでと違って村人がエルフを崇める理由が分かったので、先刻までの不快感は無かった。


「近くに山があると聞いた。案内してほしい」


「ああ、それでしたらトムに案内役をさせましょう」


 え、トム君が案内役?

 さっきフッたばっかりなのに……気まずい。


「…………」


 無言は良くないと思ったので、とりあえず笑いかける。トム君も釣られて微笑んだ。振られても笑ってくれる陽キャのメンタリティ、怖いです。俺だったら人間関係リセットしたくなる。


「じゃ、僕が案内しますよ」


 トム君が歩き始めたので着いていく。トム君、ネクサス、ナシュア、俺の順番。どうしても距離を置きたいのだ。


 色恋沙汰に憧れが無いわけじゃないが、どうでもいい男に好かれる状況が続くんだったら元の身体の方がマシである。頼むから女の子とイチャコラさせてくれ。


 なぁウィンター、お前本当にどこに行っちまったんだよ。今の俺と代わってくれ。


 情熱的な視線をくれるトム君から一番離れた場所を歩きながら、俺は心の中で涙を流す。穴があったら入りたい。殻に閉じこもってしまいたい。そんな気持ちが溢れて止まない。


 何だかなぁ。やり切れないなぁ。


 ……このモヤモヤ、『服』のトレーニングに活かせないだろうか。


 何か色々できそうな気がする。夢の中のウィンターの言葉を思い出しつつ、魔力の塊であるゴッドハンドを『服』に変える練習を始めることにした。


「きゃっ! トウキ様、いきなり何ですか?」


「いや、ちょっとね」


 俺の手をにぎにぎしていたナシュアが突然のゴッドハンドに飛び上がる。背中から黒い腕を生やすって普通に悪役っぽくてかっこいいと思うんだけどね。


 トム君にキラキラした目で見られる中、続けて『服』の生成にかかった。


 魔法を防ぐとか自傷を防ぐとか、そういう細かいことは置いといて――とにかく強力な防壁のイメージを固めていく。気まずい視線を遮るようなイメージで。


 現代人は他人の視線に過敏だ。最初から「他の人に変な目で見られたくない」的な考え方で『服』の修行をすれば良かったのかもしれない。


 夢のウィンターがヒントをくれたのはいいが、『服』という言葉が逆に俺の中のイメージを凝り固めてしまったのだろう。念じるとすぐにゴッドハンドが変化していった。


「あ、なんか来る」


 ゴッドハンドの魔力が身体に馴染んでいく。元々俺の身体から出てきた魔力ので変な話だが、そんな感覚。じわりじわりと黒い手の力が逆流してきて、身体の表層に染み渡っていくような。


 次の瞬間、俺の背中から伸びていたゴッドハンドが消えた。消えたというか、『服』に変わったんだと思う。


 よく目を凝らすと、身体の表面に黒い半透明の層が形作られているのが分かる。これが魔法による自傷を防ぐ膜なのか。試しに小さなファイヤーボールを腕に押し当ててみると、俺の身体を避けるようにボールが変形した。


 なるほど、魔法との干渉を阻害して跳ね除けるのか。これならファイヤーボールの自傷も安心だ。


「熱くないんですか?」


「うん。凄いね魔法」


 他人の魔法は防げないのかな。そう思ってナシュアに火の魔法を頼んでみたところ、こちらも全然熱くなかった。ライター程度の火力だったが熱いものは熱いはずなので、他人の魔法への防壁としても機能すると考えて良いだろう。


 山に着く前にまさかの収穫である。本人は何も分かってなさそうだけど、ありがとうトム君。そしてごめんなさい。


 山の麓に到着した俺達は、トム君にことわって散策を始めた。俺とナシュア、ネクサスとトム君のペアで洞窟を探すのだ。その穴がダンジョンに繋がっていて、かつ魔族がいる可能性が高い。


 ただの偶然ならそれで良いし、原因となったモンスターやら魔族がいるなら突き止めるだけだ。


「ナシュアはトム君のことどう思う?」


「トム様ですか? どう、と言われましても……判断材料がありませんね。トウキ様に好意を抱いているのは見ていて分かりますが」


 山の麓には獣道がある。10分経過する毎に集合して場所を変えていく予定なので、遠くに行きすぎないよう洞穴を探す。


「悪いヤツじゃないとは思うんだけどなぁ……って、何かあるぞ」


 会話がぶった切られるくらい直ぐに見つかった。積み重なった岩の隙間にぽっかりと暗闇が覗いているような、中規模の洞窟だ。


 暗い穴から生ぬるい風が吹いてくる。


「穴ですね」


「怪しいな。集合場所に戻って伝えるか」


 多分ビンゴだ。中からモンスターの鳴き声が聞こえる。


 ネクサスが来てから攻め込む方が良いと思ったので引き返そうとすると、俺達の声を聞きつけたのかモンスターが洞穴から飛び出してきた。


 最初の方はゴブリンだけかと思ったが、デカすぎる蜘蛛、双頭の蛇、オークらしき亜人、その他諸々のモンスターが束になって洞窟内から姿を現す。


「まずいぞナシュア、モンスターの大群スタンピードだ」


「逃げましょう」


「そうはいかないかも」


 遠くの方で鳥が飛び立ち、トム君らしき男性の悲鳴が響き渡った。向こうは向こうで何かしらの問題が起こっているみたいだ。


 悲鳴に気付いたモンスターの群れが方角を変え、トム君の声の元へと走っていく。

 このままではトム君とネクサスが襲われてしまう。


「結局こうなるのか……」


 俺はナシュアを庇いながら魔法の準備を始めた。

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