第21話 森の賢人様


 この村にいると、崇められる気まずさとトム君を好きにさせてしまった申し訳なさを感じてしまう。早く帝都に行こうぜとネクサス達に提案してみたが、2人が「興味深いものがある」と言うので見ることにした。


 案内されたのは古臭い納屋の地下室である。


「見ろ。昔のエルフに関する言い伝えらしい」


「おお、すげぇな」


「私が見つけたんですよ、ふふん」


「えらいぞ〜ナシュア〜」


 ナシュアが持ってきたのは、大賢者ウィンターがこの村で成し遂げた偉業を纏めた古書だった。昔の森の賢人エルフについて知りたいと言ったら案内してくれたらしい。


 俺はナシュアの髪をくしゃくしゃと撫で、顎の下を猫みたいに触ってやった。ゴロゴロ喉を鳴らすナシュア。こんなに心を許してくれるようになって、俺は嬉しいよ。


「この本に載ってるエルフ、ウィンターだったりしないかな〜」


 俺は本を破かないように気をつけながら頁を捲る。


「どれどれ……ん?」


 俺は最初のページを見て変な声を上げてしまう。


 遥か昔。村付近を流れる川に洪水が起こった際、颯爽と現れた森の賢人が氷の魔法で鉄砲水を打ち止めた……と書き記されているではないか。


 異世界文字の横には、ご丁寧に挿絵まで付いている。その当時の状況を書き写した絵師がいたようだが……。


 エルフの民族衣装を着た長髪のエルフが魔法を使っている絵だ。どこかで見たことのある魔法陣がエルフの手元にあって、押し寄せる水を凍らせる様子が描かれている。


「もしかしてこのエルフ……ウィンター本人じゃね?」


「そうなのですか?」


「うん。引っかかることはあるけど、ほぼ確定だと思う。氷の魔法で洪水を止められるエルフなんてウィンター以外に考えられないよ」


 俺が魔法を使う時、魔法陣を伴ったことはない。忘れもしないあの日、俺はウィンターの魔法によってこの世界に連れてこられた。あの日に見た魔法陣と模様が一致するのだ。


 しかし、よりによってウィンター本人がこの村に来ていたとは驚きである。


 次のページを見ると、そのエルフは大規模な山火事を水の魔法で止めたと書いてあった。


 その次は竜巻を風の魔法で沈めたと書いてあり――


 更にその次は局所的な地震を土の魔法で捩じ伏せたと書いてあった。


「どんだけ災害が起こってたんだ」


 トドメは押し寄せてきた千のモンスターの大群を氷の魔法で消し飛ばしたとか何とか。やっぱりウィンターにしかできないだろうし、これら全ての災害を跳ね除けたエルフ族がこの村で神様扱いされるのも頷ける。


 古書はそれで終わりだった。ウィンターの足跡が知れてラッキーだった。そう思って古書を閉じようとすると、本の隙間からひらりと紙切れが滑り落ちてくる。


「何だこれ?」


「オレもその紙の詳細を聞いてみたんだが、恐らく大事なものだからそのまま挟んでおいてほしい……と」


 紙を拾い上げる。本に書かれていた文字とは筆跡が違う上、よく見る異世界文字と別言語のように見える。どれくらい違うかって、日本語と英語くらい違う。


「それはエルフ語だ。村人には読めなかったんだろうがな」


 なるほど。ウィンターが残した紙切れだから、とりあえず古書に閉じておいたのか。


「ネクサスは読めるの?」


「いや」


 俺がエルフ語を読めるのはウィンターの身体に憑依しているからなんだろう。


 再び古書に目を落とす。事実を並べ立てていた古書とは違って、エルフ語の紙切れにはウィンターによる取り留めのない文章が書き綴られていた。


 噛み砕くとこうだ。川の洪水、山火事、竜巻、地震、モンスターの大群襲来スタンピード――これらの大災害は1ヶ月のうちに立て続けに起こった。

 流石に怪しいと感じた森の賢人様ウィンターが村の周辺を調べたところ、近くの山にダンジョンへ続く洞窟があったらしいのだ。


 これはまずいとダンジョン内を探索した結果、魔族が地上付近に住み着いていた。彼らが好き勝手に暴れ散らかしていたせいで、村に災害やモンスターの大群スタンピードが押し寄せてきたのだという結論に辿り着いたらしい。


「……で。魔族を倒した後は、ダンジョン内の結界を更に強固にすると共に、地獄の動向を見守ることとした……ってさ」


「昔から魔族と地獄の存在は悩み種だったみたいだな」


「迷惑な野郎共だ」


 昔にもグルゲストみたく地上に出てきた魔族がいたのか。その魔族が災害を起こして人間に迷惑をかけるから、ウィンターもブチ切れてしまったと。


 ……ん? 待てよ。


「なぁネクサス。この紙に書いてあること、今の状況と似てないか?」


「どこがだ? さっきのゴブリン共はモンスターの大群スタンピードと呼べるほどの群れじゃなかっただろう」


「……それもそっか。考えすぎたか」


「洞窟からモンスターが湧いてくるなんぞ良くあることさ」


「だよな〜」


「まぁ何だ。今ここで地震や洪水が起きたなら魔族の存在を疑ってもいいがな」


 ネクサスが冗談めかしてそう言った瞬間、現代日本で何度か味わった感覚が俺の身体を襲った。


 始めは、目眩と勘違いするような些細な不快感。次に襲ってくるのは、横波を受けて揺れる小舟のような不安定さ。なんだなんだ貧血かと案じて壁に縋りついたところ、地下室の壁も、木の柱も、壁にかけたランタンすら揺れていて、ようやく地震だと気付くのだった。


「ゆっ、揺れ――」「地震だ!?」


 結構でかい。震度4ってところか。ネクサスとナシュアが互いにしがみついて震える中、俺は船酔いのような感覚に耐えながら地上へと向かった。


 地上では、ネクサスとナシュア以上に怯えた村人が大地に縋りついて泣き喚いていた。姿を見せない鳥が囀り、しかと地面に根を張った大木が軋んでいる。


 自然の声が鳴り止むと、地下室からネクサスとナシュアが出てきた。俺とナシュアはネクサスに対して白い目を向けた。


「ネクサス様?」


「ち、違う。さっきのはただの冗談だろ……」


 分かっている。冗談が冗談と切り捨てられなくなっただけだ。


 小規模なモンスターの群れが村を襲い、そして今地震が起きてしまった。これは村に残されていた古書の状況と似通っている。


「調べる必要があるな」


 俺は2人に向かって告げた。2人共俺の言いたいことが伝わったようで、また厄介事かよと苦笑い。


「また魔族か……」


 ネクサスが溜め息を吐く。俺だって凄い嫌だけど、この不安を放置して帝都に向かうのはもっと嫌だった。

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