第19話 ゴブる


 村に到着した俺達が目撃したのは、醜悪なゴブリンが村の少女を陵辱する寸前の場面であった。


 家に隠れようとしていた村娘の髪を乱暴に引っ張り、まさに女子がゴブられる瀬戸際と言った感じ。


 割とエグいことになっているので説明するが、“ゴブる”とはゴブリンが人間相手に好き勝手することを言う。特にゴブリンが若い女性を陵辱することを言う。

 つまりそういうことだ。表現するのが憚られるくらいまずい状態である。


「やべーぞレイプだ! 助けなきゃ!」


「待て。オレがやる」


 ネクサスが飛び出すと同時、ゴブられる寸前の少女が救出される。その代わりにゴブリンのいきり立った逸物が切断され、見ているだけで股間が痛くなった。


「まずは1匹」


 ネクサスが悶絶するゴブリンの胸に剣を突き立てる。服をズタズタに裂かれた村娘は、号泣しながら俺の胸に縋りついてきた。


「う……、よ、よしよし怖かったねぇ。でも強いお兄さんが来たからもう大丈夫だぞ〜」


 わんわん泣き喚く少女をあやしながらネクサスと顔を見合わせる。


 どういうことだ。モンスターってのはダンジョン外に出てこないんじゃなかったのかよ。ネクサスは微妙な表情で肩を竦めた。


「トウキ、手分けして村人を救出するぞ。他の家も被害に合っている」


「お、おう。ナシュアとこの子はどうする?」


「この一帯のゴブリンはオレが殺しておく。そこの家に隠れさせておけ」


 ネクサスが俊敏な身のこなしで村の中を走っていく。相変わらず脚が早いので、俺とナシュアはあっという間に置いていかれてしまった。


 ゴブられそうになっていたのは、ナシュアより年下っぽい見た目の村娘だった。ナシュアは割とロリだが、この子は更にロリ。ゴブリンの見境の無さに驚きである。


「えっと……何があったのかな?」


「森からいきなりゴブリンが攻めてきて……」


 しゃくりあげる少女が指差す先に森があった。村を囲むように木柵が立っていたはずだが、森の方向にある柵の一部が破壊されている。あそこから雪崩込むようにゴブリンがやって来たのだろう。


「数は?」


「わかんない……いっぱいいたから」


 前にダンジョン内でゴブリンと戦った時は、10体前後の徒党を組んで襲ってきたと記憶している。


 奴らは集団を形成して数的優位を作り出し、その上で敵を蹂躙する。男は惨殺し、女は孕み袋。ネクサスがそう言っていた。


 今回の襲撃は10体以上のゴブリンがいると考えていいだろう。小さな村とはいえ、規模からして50人くらいの村人がいるはずだし。


 とにかく、この子を安全な場所へ。俺の視界の先には、唯一扉や窓の破壊されていない家があった。俺は固く閉じられた家の扉をノックする。返事はない。


「おじさん開けて! わたしだよ! リーアだよ!」


 保護した少女が家の中に向かって呼びかけると、扉の向こうで息を呑む声が聞こえた。すぐさまかんぬきを外す音がして、ゆっくりと扉が開く。


 薄く開いた扉の隙間から顔を覗かせた「おじさん」は、少女の姿を見ると勢いよく扉を開け放った。


「り、リーアちゃん! 無事だったか……!」


「エルフのおねーちゃんに助けてもらったの」


「森の賢人様に……!? あっ、ありがとうございますっ!」


 森の賢人。どうやらこの村におけるエルフはお偉いさんみたいな存在らしい。ネクサスが耳を隠さなくても良いと言ったのは、そういう信仰? 風習? があるからだったのか。


「……えっと。その子を匿ってもらえますか?」


「もちろんです!」


「ついでにこの子、ナシュアもよろしくお願いします」


「ええ、構いませんが……」


 俺は村娘とナシュアの背中を押した。少女が涙目で俺の方を見上げてきたが、この家に留まるわけにもいかないだろう。このエリアはネクサスが鎮圧に向かってくれたから、他のエリアの制圧に向かう必要がある。


 そうだ。ナシュアに提言しておこう。万が一の時のために。


「ナシュア。もし俺やネクサスが駆けつけられない時は……上手くやるんだぞ。蹴り上げれば一発だから」


「はい。全力で抵抗します」


「なるべくそうならないように努力するから、本当に最悪の事態になったらって感じだけど」


 ナシュアは火の魔法を使えるが、戦闘において実用性は皆無だ。ゴブリンがいる地帯に置いて行きたくないというのが本音である。


「じゃ、すぐに終わらせてくるわ! 人の声がするまで扉を開けちゃダメだからな!」


 俺は扉を閉め、閂の落ちる音を聞き届けてから家を離れた。


 破壊された村の柵沿いに被害状況を確かめる。結構ド派手にぶち壊されているから、今すぐに修復するのは無理だ。村のゴブリンを排除した後、みんなで力を合わせて修復作業をするのが一番丸いか。


 とにかく今は他の村人を救い出す必要がある。いつでも魔法を出せるように、ゴッドハンドとファイヤーボールの種をスタンバイさせておこう。


「ん?」


 村を進んで行くと、村人らしき男が今まさに戦っているところだった。


 しかし、ただの村人がモンスターに叶うはずもない。彼は膝から崩れ落ちるようにして、地面にうつ伏せに倒れ込んだ。


 ファイヤーボールをスタンバイしておいて良かった。


 敵は4匹。火球を4つ練り上げる。

 チャージした魔力を弾き飛ばすようにして、俺はファイヤーボールを思いっ切り射出した。


「燃え尽きろ」


 目もくらむような速さで紫炎が奔る。


 振り下ろされる寸前の武器を風圧で弾き飛ばして、ジュ、という音が4つ上がった。熱と破壊を残して遥か彼方に消えていく火球。残ったのはゴブリンの死体だけだった。


 残心は忘れない。ネクサスから学んだことだ。ゴブリン共が絶命したのを確認した後、付近に敵がいないことを確かめる。


 ふぅ、と呼吸を整えた俺は、余分に生成していたファイヤーボールを握り潰し、村人を驚かさないようにゴッドハンドを消し去った。


 結局ゴッドハンドや『服』が必要になるのは、グルゲスト級の魔族バケモノを相手取る時くらいだろう。

 例えば、自傷するくらいファイヤーボールを巨大化させなければならないような相手。魔族未満のモンスターなら戦いにすらならない……が、油断は禁物だな。うん。


「大丈夫か?」


 こうして俺は第2村人を救出した。


 惚けたような表情をしていたので何事かと思っていたら、ゴブリンの所有していた武器に毒が塗られていたようだ。


 ゴブリン達が好んで使用する毒は麻痺毒の類が多い。森の中からゴブリンが攻めてきたのなら、植物由来の毒素の可能性が高いか。


 俺は解毒ポーションの小瓶を取り出すと、ぐったりしている村人の口に中身を注いでやった。


 血色が良くなってきたので青年を起こす。彼の妙に熱っぽい視線に謎の寒気が走った。


 なんか、被捕食側に回ったというか……何だ?

 これと似た視線を今までにも見た気がする。


 ……あぁ、ナシュアの目と似てるんだ。あの子、時々あんな感じの熱い視線を浴びせてくるんだよな。

 この人といいナシュアといい何なんだろう。


 名前を聞かれたので答えた後、俺はその場を後にした。


 村の中心部に向かうと、ゴブリン共は更に活き活きと活動していやがった。畑を荒らし、家畜を盗み、固く閉ざされた家屋を攻撃し始めている。


 運悪く引きずり出され、既に亡くなっている人も見受けられた。


「クソっ」


 俺の倒したゴブリンは4匹。ネクサスが1匹。視界に映るゴブリンの数は優に20を超えている。村の中心部の蹂躙に夢中で、俺に気付く気配はない。


 俺は再びファイヤーボールを生成しようとしたが、敵の近くに木造建築物が固まっているのを見て手を止めた。


 火の魔法ファイヤーボールを放てば引火は免れない。


 ……そろそろ火の魔法を卒業して、他の魔法を試してみる良い機会なんじゃないか?

 いつかは全属性魔法を扱えるようになっておくべきだ。なら、積極的に試す他ない。


 俺は物陰に隠れながらイメージを巡らせる。


 火はダメだ。一番簡単に出せるけど、火事が怖い。水は畑の土壌を洗い流すかもしれないからダメ。


 ……なら、氷の魔法ならどうだろう。身体の持ち主大賢者ウィンターが得意としていた魔法だし、周囲への被害も少なく済みそうだ。


 時間の余裕はない。俺は物陰から飛び出すと、絶対零度の領域を展開しにかかった。


「凍りつけっ」


 ……あれ?


「ん?」


 氷の魔法は放つことができた。しかし、俺の右手から出現した冷気は余りにもしょぼくれていた。


 冷たいけど温い。どれくらいの温度かって、真夏に冷蔵庫を開いた時くらいだ。


「やばっ!?」


 絶対零度の「ぜ」の字もないクソしょぼ魔法。全力で魔力を注いで魔法らしい威力を発揮するまで成長させたが、効果は芳しくない。俺に気付いたゴブリンの足元が凍り付くに留まった。


 俺が想像したのは、一瞬で敵が氷像になるかのような絶対的な力なのに。

 実際に巻き起こっているのは、足裏を氷面と接着させてという現象だ。


 これはこれで強いのだが、何か違う。


「まさか、俺って火の属性以外に適性がないのか?」


 そんな馬鹿な。ウィンターは氷の魔法が得意だったではないか。まさか熟練度の問題か?


 ……そうかもしれない。俺、ファイヤーボールが一番かっこいいじゃんって練習しまくってたから……。


 くそ、色んな状況を想定して満遍なく練習しておくべきだったか。


 足元を取られたゴブリンに肉薄し、魔力の塊であるゴッドハンドを叩きつける。目にも止まらぬ速さで黒の手が走ると、バシュンと大きな音を立てて敵の身体が弾け飛んだ。俺に襲いかかろうとしていたゴブリンはそれだけで胴体を失い、残った身体がごろごろと地面を転がった。


 俺は残ったゴブリンを追い回して、辺りを血の海に変えた。


 戦闘終わりで息を切らしていると、遠くからネクサスがやって来た。上半身は汚れていないが、下半身の防具と武器が血脂塗れである。


「終わったか?」


「あぁ。高所から見下ろしても他のゴブリンは見当たらん。殲滅は完了したようだ」


 ネクサスは高台を指差しながら言った。その高台の方角から、これまた人集りが押し寄せてくる。


 この村に住む人達だろう。さっき助けてやった青年もいる。彼らは俺の前で恭しく膝を着くと、頭を垂れ始めた。


 えっ、何で?


「お前の戦いぶりを見て心酔したらしい」


 あ〜。


「森の賢人様――いえ、あなたは伝承に伝わりし大賢者様のようだっ! 大賢者様っ、我らの村を守ってくださってありがとうございます!」


 戦いが終わって一件落着、とは行かないようだ。俺は村人に取り囲まれる。


 ネクサスの隣で、ナシュアが物凄く白い目をして村人を見ていた。


 多分、「調子の良い奴らですね」と思っているんだろう。ネクサスも「礼なら金で寄越せ」とモロに表情に出ていて面白かった。

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