第18話 美人エルフが現れた!(村人視点)


 ヴォイスの村から馬車で半日の場所にある村。トム・バリーモスはその小さな村で最も勇敢な若者だという自負があった。


 畑を荒らす害獣が現れたら、いの一番に駆けつけて害獣を追い払う。身の丈を越す獣を相手取り、ボロボロになりながら撃退したこともある。


 村の問題事を解決してきたのは自分だ――という傲慢な自覚も相まって、トムは横暴な行いが目立ちがちであった。所謂「血の気の多い」若者というやつである。


 しかし、他の村人はトムの行為を咎めようともしない。いや、咎められようはずもなかった。


 何故なら、戦いが必要となる場面では必ずトムの姿があるからだ。彼が敵に勇猛果敢に立ち向かうことで農作物の被害が軽微になっている故、トムが己を誇示し天狗になるのも仕方の無いことだった。


 そんなある日、トムの暮らす村にゴブリンの集団が押し寄せてきた。


「ゴブリンだぁっ! みんな逃げろおっ!」


「鍵をかけて家の中に隠れるんだっ!!」


 トムは「また俺様の出番か」と意気揚々に剣を取り、ゴブリンを待ち構えた。


「みんな大丈夫だ! 俺様が居るからこの村は安泰だぜ!」


 獣にせよ人間にせよ、このトム様の相手ではない。それがゴブリンというモンスターだとしても。

 トムはそう信じて疑わず、家に隠れた村人を「腰抜けが」と軽蔑した。


 だが、ここでひとつトムが知らないことを挙げるとするならば――


 ゴブリンは武器を持った素人程度なら容易く殺せるだけの戦闘力がある、ということだ。


「!?」


 ゴブリンの集団が物陰から突然現れる。彼らはあちこちに散らばっていき、鍵をかけて窓を締め切った民家を破壊していく。手塩にかけて育てていた農作物を荒らして、好き勝手にほじくり返していく。武器を持っているトムのことなど歯牙にもかけていなかった。


「おいっ! こっちを見ろよバケモノ共がっ!」


 剣の腕に自信のあったトムは、見るからに知能の低そうな下等生物に無視されたことに怒りを感じた。


「まずは俺様の剣を味わえよ!」


 トムが力に任せて剣を振りかぶる。隻腕の探検家が見れば鼻で笑ってしまうような、素人丸出しの一撃。1匹のゴブリンはトムの剣戟に気付くと、身軽な動作で攻撃を回避した。


「は……?」


 剣先がぬかるんだ地面に深々と突き刺さる。


 どうせ頭の悪い害獣と同じだろうと高を括り、攻撃を回避されることを想定していなかった。大きな隙を晒す形になり、トムは初めて焦りを感じ始める。


 トムは害獣と戦ったことはあっても、と戦ったことがなかった。


 モンスターはダンジョン内に生息する生物のことで、ゴブリンもその例に漏れず普段は地下の薄闇で暮らしている。


 地上と違って、ダンジョン内は過酷かつ攻撃的な生態系が確立されているのだ。には勝ちうることができても、ゴブリンなどのモンスターは腕の立つ村人程度が歯向かえる相手ではなかった。


 大きな隙を晒すトムに対して、ゴブリンが光沢を帯びたナイフを振り抜く。


「っ!」


 トムはギリギリのところで身体を捻り、致命傷を避けてみせた。小さなかすり傷が刻まれ、トムは痛みに顔を顰める。


 しかし、回避と同時に剣を引き抜くことができた。これならまだ戦える。


 そう思って気持ちを奮い立たせようとした瞬間、トムは強烈な目眩を覚えた。足がもつれる。下半身に力が入らない。握り締めていたはずの剣が、手の中からすり抜けていく……。


「な、に……?」


 気付いた時には、地を舐めていた。


 見上げるその先に映るゴブリンのナイフ。てらてらとぬめりのような光沢を帯びた刃が目に入る。


 まさか。


 ――毒?


 ゴブリン共の武器の妙な光沢は、毒が塗られているせいだったのか。


 トムの背筋に脂汗が浮かぶ。知らない。毒を使うなんて聞いてない。


「あ……」


 子供のような体躯の怪物共が武器を振り上げる。いつの間にか取り囲まれていたトムは、己の運命を想像して絶望した。


 ナイフ、斧、棍棒、剣。その全てが己に向けられている。


 自分は死ぬのか。嘘だろ。このゴブリン共はじゃないのか。トムの身体から力が抜ける。そして凶刃がトムの頭蓋をかち割る寸前――


「燃え尽きろ」


 鈴の音のような声が辺りに響いた。


 突如、左の方向から猛烈な熱風が流れ込んでくる。


「っ!?」


 頬を撫でる熱の塊。青い光が視界を過ぎる。


 いいや、光ではない。4つの青い火球。生まれて初めて目にする火の魔法だ。


 青い閃光の如く迸ったファイヤーボールは、トムを取り囲んでいたゴブリンの頭部を一瞬で消し飛ばした。


「……!」


 青い炎の塊がゴブリンの頭を通り過ぎただけでこの威力。いったい誰がこの魔法を放ったんだ。トムは地面に倒れながら、懸命に首を動かして周囲を見渡す。


 すると、炎の飛んできた方向から見知らぬ人物が歩いてくるのが見えた。


「エルフの……女……?」


 紛うことなき絶世の美女がそこにいた。女性と少女の狭間にいるような、危うい雰囲気を纏う異種族エルフの女。身体を隠す外套の隙間からは、隠し切れない豊満な肉体とエルフの民族衣装が垣間見える。


 エルフの少女はトムの姿を確認すると、右手に浮かべていた10センチ程度の火球を握り潰す。彼女の背中からは得体の知れない黒い手が伸びていたが、それも消えた。


「大丈夫か?」


 麻痺毒が回って動けないトムに、エルフの少女が優しく手を差し伸べてくる。


 エルフの透き通るような銀髪が、太陽の光を反射してきらりと輝く。太陽を背に見ていたせいか、エルフの背から後光が差しているように勘違いしてしまった。


 惚けるようにして彼女の顔に見入る。大きな紫の瞳と視線が交錯する。じっと見つめていると、彼女の口元から白い歯が零れる。凛とした顔立ちに似合わない、ふやけた笑い方だった。


「ふっ。俺のファイヤーボールにビビっちまったようだな」


 間抜けな顔をしているトムに降り注ぐ天使の微笑み。火の魔法を放つ豪快さ、見た目の清艷さとは反対に、「へにゃっ」とした笑い方にトムは胸の高鳴りを感じてしまった。


「あ、あの」


「ん?」


「あなたのお名前は」


「トウキだ」


「トウキ……」


 エルフの少女はトムの身体を引っ張り起こすと、身動きの取れないトムの口に解毒ポーションの瓶の口を押し当てた。


「しばらくしたら動けると思う。俺は他の人を助けてくるから、ちょっと待ってろよな!」


 銀のショートカットをたなびかせて、トウキと名乗るエルフが他のゴブリンを倒すべく村の中央へと走っていく。


「…………」


 解毒剤が回ってきて、身体がぼーっとしてきた。身体が火照ってきて、体温が戻っていくのを感じる。だが、この感覚は回復によるものだけじゃないはずだ。


「美しい……」


 一言で言えば、トムはトウキに恋をしてしまった。


 しかし、トムは肝心のエルフの中身を知らないのであった。

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