第17話 旅路
旅が始まって半日が経過した。
「火の精霊よ――」
騎士団の追手はなく、ケツが荷馬車の揺れで痛くなってきた以外のトラブルはない。俺達は長閑な草原をずっと走っている。
魔力で自分の身体を包み込むようにして『服』を作ろうとしているのだが、全然上手くいかない。ウィンターの身体だからポテンシャルは絶対あるんだけど、中身が魔法に不慣れすぎてダメだ。
「火の精霊よ――」
で、さっきからナシュアは何やってんだよって思うかもしれないけど、6時間ぶっ続けで火の魔法を詠唱している。いくら何でもやる気がありすぎて引く。
でも、反復練習をしろと言ったのは俺だ。少し反省してる。
「魔力切れ的な状態にはならないのか?」
「分かりません。この程度の魔法だったら燃費が良いのかも」
「確かに」
しょぼい魔法なら魔力消費は少なく、デカい魔法なら当然魔力消費は大きくなる。最初のうちは反復練習の成果が出やすいかもしれないな。
「火の精霊よ――あ! 見てください、少し大きくなった気がします!」
「そうか?」
「そうですよ!」
「そうか〜」
ナシュアが目をキラキラさせながら炎を見せつけてきたが、まだまだ小指の爪ほどの大きさだ。たとえサイズが大きくなっていたとしても、その変化は俺に分からないくらい小さい。
劇的な変化が見込めないので、荷馬車の上で横になる。
ガタゴト、ガタゴト。
全然休めねぇ!
もう身体のそこらじゅうが痛い。電車とか車と違って振動が直に伝わってきて、側頭部が床にゴツゴツ当たって眠れやしない。
身体は休まらないし、眠れるわけでもないし、『服』も全然できないし。
こんなのが1ヶ月って普通に無理だ。
現代人は待たされることに敏感である。せめてスマホなり何なりで時間潰さないと死ぬ。そういう人種なのだ。
「ナシュア、流石にそろそろ疲れただろ」
「まぁ、そうですね。休憩してもいい頃合かもしれません」
「暇だろ。指スマしようぜ指スマ」
「何ですか、それ」
「流石に知らんか……」
かくかくしかじか、ルールを説明する。呑み込みが早く、ナシュアは指スマのルールを理解してくれた。早速実戦だ。
「せーの、ゼロ」
「せーの、さん」
「あっ……」
「ラスイチです」
「せーの、に」
「せーの、ゼロ」
「あっ……」
「…………」
「やめよっか」
「そうですね」
つ、つまんねぇ。指スマってこんなつまんなかったっけ?
「今の流れは忘れてくれ。邪魔してごめんな、ナシュア……」
「いえ」
スマホがない世界おもんな。帰りて〜!
結局スマホポチポチが一番面白ぇんだわ。スマホポチポチは努力と「ぼーっとしてるだけの時間」が嫌いな現代人の感性に合ってる。
科学技術の結晶が神すぎるのか、俺が科学の世界の人間すぎるのか。この世界を楽しめない俺、本当に向いてない。
スマホというか、液晶画面のない世界に耐えられない。こっちにも空中に展開できるパネルとか無いのかな。指先を動かしてないと落ち着かないよ。
「火の精霊よ――」
ナシュアが火の魔法の練習を再開する。
手持ち無沙汰になったので、ずっと馬と戯れているネクサスの元に身体を移動させた。カーテンの隙間から顔を出す。
「どうやって馬に指示してるんだ?」
ネクサスが俺の方に振り向く。周囲を警戒していたようだ。
「何か問題が?」
「いや、純粋に気になっただけ」
「そうか。基本的に馬の操縦は手綱を引いたり緩めたりするだけでいい。いつか必要になるだろうし練習しておくか?」
「いいね、やっとくか」
「基本はこんな感じで手綱を持てば……」
ネクサスに教わった結果、俺は馬の操り方をマスターした。車を運転するよりも楽しい……かもしれない。
何でムチを振るうのか知らなかったが、曰くムチは馬をシバくために振り回しているわけじゃなく、馬に合図を出すための物らしい。馬のケツは脂肪と筋肉が詰まっているから、手で叩いたくらいじゃ馬は分かってくれないんだって。
馬にとってはデコピンされているくらいの感覚なのかもしれない。
「運転変わるよ」
「そろそろ小さな村が見えてくる。そこで馬を休ませて明日の朝に再出発だ」
ネクサスは革製のカーテンを引いて、荷馬車の中に引っ込んだ。ナシュアの詠唱を見守っているのかなと思ったら、新しく買った剣と防具の手入れを始めていた。
「…………」
手綱取りにも慣れてきて、景色に目が行く。
現代では見たことのない大草原。地平線と急峻な山脈。冷たい風が首元を撫で、耳を隠すために被っていたフードが脱げていく。多彩な音が聞こえるようになり、草木の揺れるサラサラという音が耳に入ってくる。
こんな景色を見たのは、小学校の頃に山登りした以来か。心が洗われていくような感じがする。
風が気持ちいい。
それはそれとして、現代の娯楽を楽しみたい。
風情に浸ろうとした瞬間、無粋な雑念が脳裏をよぎる。
本当に終わってる人間だな、俺。
その後、目を開きながら気絶していると、いつの間にか遠くに村が見えていた。
「ネクサス、なんか見えてきたよ」
「村だな」
「馬の止め方教わってないんだけど」
「どうどう」
ネクサスが左腕を隠すように外套を被る。馬が減速すると同時にフードを被ろうとしたが、ネクサスに止められた。
「何で止めるんだ? 耳は隠した方がいいだろ」
「……こういう村に滞在する時、普通の人間よりもエルフの方が歓迎されるものだ」
「へ〜、可愛いから?」
「そう思っておけば良い」
こうして俺達は、木の柵に囲まれた小さな村に到着した。
宿でバキバキになった身体を癒そうかな! と思っていたら――
「ネクサス、なんか村人ゴブられてね?」
「うお」
村人がゴブリンに襲われている最中だった。
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