第15話 勇者パーティ始動
「ちょいちょいトウキ! その身体ワシの身体だよ!? あんまり傷つけないでほしいんだけども!」
気が付くと、目の前に大賢者ウィンターが立っていた。銀髪ハーフアップ、パープルの瞳、鼠径部を露出した防御軽視の民族衣装……まさに見た目はいいが喋ると残念なお姉さんって感じ。
へ〜、生ウィンターってこんな感じなんだ〜。
……ん?
は?
なんでウィンターがここにいるの?
…………。
あ〜、夢かぁ。走ろうとしたら身体が浮いていくこの嫌な感覚。これ100パー夢だわ。
「魔力の防壁も張らずに己の魔法で自傷するとは何事か! ……おい、聞いておるのか!?」
ぷくっと頬を膨らませるエルフ。
こいつ、俺が妄想したウィンターなのか? やけに活き活きしているというか、あの時のペンダントよりもうるさい。
まぁ本物だろうが偽物だろうが何だっていいや。色々聞きたいことがあったからな。
「だって魔法で自傷するとか考えてなかったし、対策を考える時間がなかったんだぜ? むしろ良くやった方だと思うけど」
「だってじゃない! 見目麗しいワシの身体を壊すつもりか!?」
「あの時はあれが最善だったんじゃん! そもそもお前が転移魔法しくじったのが悪いんだろ! 『では、向こうで会おう』とかドヤりながら言ってた癖にさぁ!?」
「うっ……それは……」
ウィンターに頼んで異世界転移させた俺にも責任の一端はあるが、根本的には全部ウィンターが悪い。こいつのせいで濃厚すぎる異世界ライフを送るハメになってるんだから。
こっちに来てから楽しいと思える瞬間は全然ない。魔法を初めて使えた瞬間はワクワクしたものだが、生きるための手段になってからは面白さとか皆無だ。
飯だって向こうの方が美味しいし、トイレ汚ぇし、好きだったマンガもゲームも触れねぇし、電車とかねぇし。何より、生きるか死ぬかの激重な問題が多すぎるもん。俺にこんな激しすぎる世界は似合わない。
……現代日本で引きこもり寸前の生活を送れていたのは、ある意味この上ない幸せだったんだろう。それはそれで別の辛さがあるけど。
「……お主がワシの身体に入り込んでしまったのはワシのミスじゃ。すまんかった……」
「本当だよ」
夢の中のウィンターに恨みをぶつけた後、俺はグルゲストの発言で気になったことを掘り返してみた。
「そういえばウィンター、お前って氷の魔法が得意なんだよな」
「そうだが何か?」
「火の魔法に自傷ダメージがあるなら、氷の魔法にも自傷ダメージがあるんじゃないか? クソ寒くて手が凍るとか。どうやって冷気を防いでるんだよ?」
「お主、よう分からん魔力の手を作れるじゃろう?」
「あ〜、うん」
「めちゃくちゃ硬いじゃろう?」
「うん」
「そのゴッドハンドとやらを応用して服を着せてやるのじゃ」
「服ぅ?」
「あぁ、服のイメージじゃ。どんな物質も通さぬ魔力の服。最初は難しいだろうな、ワシも昔はよく失敗した。だが失敗を乗り越え鍛錬を積んでこそ一流の魔法使いじゃ!」
「お〜」
「そもそも! そもそもな!? 今のお主は強力な火の魔法と服の擬似魔法が使えるだけに過ぎんのじゃ! 魔族と戦うにはまだ早い! 魔族と戦うのはあらゆる属性の魔法に精通してからじゃ! それに、今のままでは遅かれ早かれ壁にぶち当たる! だからワシのように全属性を扱えるようになって――」
くどくど、くどくど、ぺちゃくちゃ。
夢の中のウィンターの話が長すぎて、俺はいつの間にか意識を失ってしまった。
「あっ! こら眠るな! まだワシの話は終わっておらんぞ!」
なんかすっげぇ大事な話をしてた気がするんだけど……。
目覚めると、ボロボロの木の節目が見えた。
「…………」
多分ネクサスのボロ屋だ。なんで寝てたんだっけと思いながら上体を持ち上げようとしたところ、全身に激痛が走った。
「いっっっ!?」
痛すぎてベッドの上でのたうち回る。人生史上最高の痛みだった。身構えていない時に来る痛みほどヤバいものはない。
「ちょ、何だコレ……」
枕に後頭部を預けて、肩で息をする。机の上にあった鏡に手を伸ばそうとしたところ、自分の腕が白い包帯でぐるぐる巻きにされているのが分かった。
「そ、そうか。グルゲストと戦ってそのまま気を失っちまったのか……」
バキバキの鏡で自分の顔を見る。傷ついたエルフの顔だ。顔面が包帯とガーゼでぐるぐる巻きにされている。尖った耳も湿布らしき布が貼り付けられていた。
自分の身体を見下ろすと、肌面積よりも包帯が覆っている面積の方が多いように見える。とにかく死にかけだったってことか。
それよりも気になったことがあった。
「これは……」
ハーフアップにしていた銀髪がショートカットにされている。確かに長い髪だとは思っていたけど、何故切られているんだ。
……もしかして髪の毛が燃えてたからか? うわ〜、ウィンター怒るかなぁ。女の子は髪の毛を大事にするって言うし。エルフには関係ないかな?
夢の中のウィンターをふと思い出す。ちょっとだけ怒るかもしれない。髪の毛だけで済んだことを褒めて欲しいけど。
鏡を元の場所に戻すと、ボロ屋に人の気配がすることに気付く。
「そ、そうだ。ナシュアとネクサスはどうなったんだ?」
ナシュアはともかく、ネクサスが心配だ。アイツの怪我は俺の火傷が可愛く思えるほどの惨状だった。数十メートルという距離を叩き落とされたくせに元気いっぱいで剣を振れたネクサスはちょっとおかしい。普通なら死んでる。絶対に。
扉の向こうの人の気配は誰のものだ? ……ナシュアか?
ドキドキしながら思考を巡らせていると、扉が開いた。黒髪を伸ばした少女、ナシュアがそこに立っていた。
「トウキ様、意識が戻られたんですね!」
「よ、良かった。ナシュアは無事だったか」
ナシュアの表情が明るくなる。彼女は手に持った包帯をベッドの傍らに置くと、俺の手を優しく包み込んできた。
「ご無事で何よりです」
「お、おぉ……」
目が潤んでいる。熱っぽい視線。はわわ、俺なにかやっちゃいました?
「ね、ネクサスは? あいつも大怪我してただろ」
何となく話題を逸らすと、平然としたナシュアの答えが返ってくる。
「ネクサス様はピンピンしてますよ」
「はぁ!?」
「呼んだか?」
「うおお、ほんとにピンピンしてる。バケモンか?」
いやいや、お前本当に人間か?
「お前、怪我は大丈夫なのかよ」
「大したこと無かったよ」
「嘘です。全身を複雑骨折した上、出血多量で普通に瀕死でした。今も実は全身の骨がバキバキです」
「回復ポーションがあればすぐに元通りになる」
こいつ、グルゲストよりやべぇだろ……。
教会に行って骨折を治してもらえばいいのに、と指摘しそうになったが、今のネクサスは帝国騎士団に追われている最中。どうしても痩せ我慢する必要があるってことか。
「ところで、俺の火傷はどうやって治したんだ?」
「火傷によく効く薬草を使った。重度の全身火傷だったが、問題なかったようだな」
火傷ってのは案外バカにならない。全身の皮膚の3割を火傷するだけで普通に死ねるらしい。しかも、皮下組織の深くまで焼かれると、皮膚の1割程度の火傷で重篤な状態に陥ってしまうとか。
……今の俺って、全身の8割くらい焼かれてたと思うんだけど。ネクサスの重傷といい、外傷の治癒技術だけは現代日本に勝ってるのかもしれない。
「……トウキ。お前の右半身の一部に火傷の痕が残ってしまった。……すまない」
「な、何でネクサスが謝るんだよ。生きてるだけでラッキーなんだから気にすんなって」
「…………」
……ネクサス、不器用な奴。ほんとに気にしないってのに。大賢者ウィンターはブチ切れるかもしれないけど。
「……で、あれから何日経ったわけ?」
「2日だ」
「マジか。俺、丸2日寝っぱなしだったんだ」
グルゲストが死んで2日が経過した。その上でのんびり休めているということは、あの
グルゲスト。帝国騎士団の悪魔。序盤の敵としては強すぎたでしょ。破壊力と射程距離を兼ね備えた翼、尋常ではない回復力……特に後者。異世界歴1週間に満たない俺が相手するには過剰だった。
お披露目されることはなかったものの、氷の魔法もあったみたいだし……ネクサスとナシュアが居なかったら詰んでいたな。仲間に感謝ってやつだ。
話が一段落したところで、俺はゆっくりと深呼吸した。
「な、なぁ。俺、話したいことがあるんだ」
俺の過去。大賢者ウィンターの中身になってしまったという事実を話しておかなければならない。後回しにしちゃいけないことだ。
ぽかんとするナシュアと無表情のネクサスを見渡して、途切れ途切れに話し始める。
「俺……本当は大賢者ウィンターじゃないんだ。記憶喪失ってのは嘘。身体は本物なんだけど、中身が別世界から来た普通の人間なんだ」
「そうなのか」「そうなんですか」
「う、うん……? 何か割とどうでも良さげ?」
「グルゲストとの戦いで気付いていた。あの様子からして、お前も被害者なんだろ? 気にしないさ」
「それに、トウキ様がトウキ様であることには変わりありませんからね」
お、お前ら……なんて良い奴なんだ! てっきり幻滅されたり距離置かれたりするかと思ってたぞ!
肩の荷が降りた気がする。ほっと一息つこうかと思っていると、ネクサスが重々しい口調で切り出した。
「オレからも話しておかなければならないことがある」
ナシュアと視線を交わすネクサス。いつも仏頂面のネクサスの表情が強ばっているように見えた。
「……昔、オレは騎士団に所属していた。グルゲストの指示を間接的に受ける一兵だったんだ」
予想はしていたが、やはりネクサスは帝国騎士団に所属していたのか。元グルゲストの部下なら過去の因縁にも辻褄が合う。
「……ナシュア、お前の故郷を滅ぼしたのはオレだ。謝っても許されることじゃないとは思うが……本当に済まなかった」
ネクサスがナシュアに向かって頭を下げる。彼の首筋には脂汗が浮かんでいた。表情からは掴みにくかったけれど、彼にとって大きな決断だったに違いない。
ネクサスの告白から空気が一変し、空間に亀裂が走りそうなほど緊張した雰囲気になる。
「……ネクサス様は、何故騎士団を退団されたのですか?」
「逃げたんだ。何もかも嫌になった」
滝のような汗を垂れ流しながら独白するネクサス。こんなに憔悴した彼は初めて見る。
はぁ、と溜め息を吐くナシュア。ピクリと反応したネクサスの鼻から汗が滴る。
「……私達、一度お会いしたことがありますよね」
「え……?」
「私が奴隷船に乗せられる前、声をかけた騎士様なのでしょう? あの時は酷いことを言ってしまいましたが……」
「ど、どうしてそれを。オレは兜を被っていたはずだ」
「分かりますよ、一瞬だけ顔が見えましたから。今と同じ……辛そうな表情をしたあなたの顔が」
「……!」
ネクサスが顔を上げる。くしゃくしゃに歪んだ表情。彼はまだ19歳、未だに少年然とした部分が残っている。今の表情は年相応の部分が現れているように思えた。
「オレは……」
「……本当に酷い表情。私よりも辛そうじゃないですか」
ナシュアがネクサスの髪の毛をくしゃりと撫でる。思いっ切り背伸びをしたナシュアが、ネクサスの頬に手を添えた。
「大丈夫ですよ」
「……!」
「ネクサス様。3人で一緒に、未来に生きてみませんか」
過去の少女の赦しを得て、大男の肩が大きく震える。
「すまない」
俺はなるべくネクサスの顔を見ないようにしながら、優しく背中を撫でてやった。
「私達はもう、一心同体の仲間ですよ」
グルゲストとの戦いを乗り越えて、俺達はやっと本当の仲間になれた気がした。
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これにて第1章は終了です。ここまで読んでいただきありがとうございました!
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